急転直下
それから、二日ぐらいは思考もままならないまま、ベッドの住人となって過ごした。解毒されていたから、起きられなかったのは、多分、私の精神的な問題なんだろう。
三日目に、このままではいけないとベッドを降りた。
その日の夜、宰相閣下とレイローズ様が見舞いに来られた。レイローズ様にひたすら謝罪され、宰相閣下にまで頭を下げられて、居心地の悪い事といったら。
翌日には出勤したいと話すが、お義父様から許可が出なかった。急に過保護になって。一週間は休むように、ですって。
正直、腑に落ちない。もう大丈夫だって自分でわかるのに。それでも、お義父様から警護上の問題もあると言われて、疑問ばかり。今まで普通にしていて、警護も何も無かったのに。狙われたのはレイローズ様でしょう?
結局、普段と違う父の強い反対に驚き、言うことを聞く事になり、約十日間、仕事を休む事となった。
気持ちを切り替え、今まで忙しくて読むことができなかった書籍や資料を読み漁る。そんな日を五日ほど過ごした日の夕方、急に来客を告げられる。部屋着であったため、メイドに手伝ってもらって着替える。来客は宰相閣下だと。一体、どうして?
疑問いっぱいの頭を切り替え、慌てて着替える。お待たせするなんて。とても忙しい方なのに。
客間に入ると、そこは何とも微妙な空気が流れていた。
宰相閣下とレイローズ様、ルークスタッド様。そして、お義父様。お義母様。
「ああ、メイア。こっちにおいで。」
お義父様に呼ばれて、宰相閣下とレイローズ様、ルークスタッド様に礼をし、お義父様とお義母様の横に並んで座る。
「どうなさいましたの?」
私の問いに、お義父様が苦笑される。
「どうもこうもないだろう。こんなに、苦しんだのに。」
そう、言われましても。全く意味がわからない。
「申し訳ございません。」
そう謝罪されたのはルークスタッド様。
「あの。お義父様?」
私を無視してお義父様は話し続ける。
「なぜ、陰である君の失敗の代償を、うちの娘が受けなければいけないんだ?しかも、護衛として入室を許可していたのに、精神的に苦痛を与えたのだろう。一体、何を言ったんだ。娘は、しばらくベッドから起き上がれず、今も療養している。普通なら、とっくに仕事に復帰できるはずの時期に、だ。」
お義父様の強い口調に驚く。こんなお義父様、見たことが無い。しかも、療養?私、お義父様に止められて休んでいるだけで、元気よ?
「その件に関しては、私から謝罪する。警備体制を敷いた私の落ち度であり、そのまま、護衛に入るように指示したのも私だ。メイア。クラウス。本当に申し訳ない。」
宰相閣下が謝罪され、ますます訳が分からなくなる。
口を開こうにも、余りにも重い雰囲気にのまれる。もう、本当に、一体、どういうことですの?
「私からもお詫びを。まったく、メイアはもう、立派な令嬢ですのよ。それなのに、子供のようにルークを護衛につけるなんて。ルーク。あなた、しっかり責任をとりなさい。」
レイローズ様まで。何なの?何なの?一体。
「申し訳、ございません。」
ルークスタッド様が重ねて謝罪される。
「でも、急に周囲から言われても、本人達が納得しないと…。」
お義母様の言葉に、更に疑問が湧いてくる。本人達が納得?
「では、仕方ない。少しだけ時間を与えよう。どうするのか、二人でよく考えるんだよ。部屋のドアは開けておくからね。メイア。変な事をされそうになったら、大声をあげるんだよ。」
えっ???お義父様???
訳のわからないまま、ルークスタッド様と二人、取り残される。どうして?何が起きているの?
「…申し訳、ありませんでした。」
ルークスタッド様が、謝られるが。本当に、理解できない。
「あの、謝罪など…。」
「いいえ。私が、至りませんでした。警護も失敗し、貴女に怪我をさせ。そのうえ、もう、一人前の女性であるというのに。…私の中では、貴女は船から拾い上げた時のまま。小さな子供のような気分でいたのです。申し訳ありませんでした。」
「いいえ。大丈夫です。」
子供の感覚だったと言われて。内心、私など、そんなものかと、自嘲する。
「それで、リオン様にも、レイローズ様にも強く叱られまして。それから、クラウス様におかれましては、これまで見たことも無いほどのご立腹で。」
「えっ?お義父様が?」
驚く私に、静かに頷いて。そして本日、最大の衝撃が落とされた。
「責任を取って、貴女を娶れと言われたのですが…。」
…よかった。お茶も飲んでいないし。カップも持っていない時で。驚きで、息が止まるかと思った。そんな、私を見ながら、ルークスタッド様は静かに頷き、話を続けられる。
「私はベゼル伯爵家を名乗っているが実際は、違う。過去を失った為、庶民と変わらない。たまたま、年恰好の似たベゼル家の息子の病死に合わせて、中間派閥であったベゼル家を、当面、存続させるという王家の強い意向で成り代わった。ただ、それだけだ。だから、この爵位もすぐに握りつぶされる可能性がある。そんな不安定な家、対外的には騎士団所属だが、実質は陰という仕事。このような男に嫁ぐ女性は不幸であると考えている。だから、今まで結婚など考えたことは無い。…なぜ、泣く?」
言われて初めて、自分が泣いている事に気が付いた。やはり、私はおかしいのかもしれない。静かに流れ落ちた涙を拭う。
これは、周囲が、私の為に作り出した茶番だ。ルークスタッド様の意思では無い。
「いいえ…。申し訳ありません。大丈夫です。」
「…。そうですか。急で申し訳無いが。私は、貴女がよければ結婚を申し込もうと思って来ました。」
「いいえ…。体調がすぐれずに、弱ってしまっただけなのです。貴方のせいでは…ありません。ですから…無理に、責任を取ろうとなさらないでください。」
頑張って笑顔を作る。
「…無理に、ではない。私は、きっと、普通の感覚と異なっている。だから、今まで、誰かと一緒に過ごそうと思った事などない。でも、皆に言われて、考えて気が付いた。貴女となら、一緒にいても大丈夫そうだ。ただ。私は感覚がズレていることも多い。だから、貴女に、辛い思いをさせてしまうかもしれない。」
一度、頑張って引っ込めた涙が掌にポタリと落ちる。
「そんなに、泣くほどに、嫌?」
「違っ…。違う。そう、では、なくて…。」
「では、結婚して頂けますか?」
涙が落ちた手をルークスタッド様の大きい、温かい手に包まれ。
私は、とてもとても、小さな声で。
泣きながら。
かすれる声で。
はい、と、返事をした。