夜会での再会
16歳になった。
そう、今の私である。
来週、初めて王城の夜会に出席する。大規模な夜会なので、色々な方に挨拶をするのはもちろんだが。宰相閣下と、その奥様にも挨拶に行くよと、お義父様から言われた。
胸が、苦しくなる。
正直、お会いするのが怖い。
そんな私の心を見透かすように、お義父様が、
「大丈夫、宰相閣下は怖くないよ。僕の同級生だからね。時折、厳しいのは愛があるからだよ。」
と言われた。
お義父様が、宰相閣下と仲がいいのは知っている。
時折、集まって飲んでいらっしゃるから。
どんな顔をしてお会いすればいいのだろう。そればかりを考えていた。
あっという間に夜会の日になる。お義父様とお義母様と共に、会場入りする。国の重鎮である宰相閣下とその奥様は後から会場に入られた。王族がそろい、夜会が始まる。
父に連れられ、久しぶりに宰相閣下に会う。
フッと、優しく微笑まれた。
「大きくなりましたね。とても努力をしていると聞きます。その調子で頑張りなさい。」
「まあメイア。こんなに美しくなって。素敵だわ。」
奥様が優しく微笑まれる。横に佇む賢そうな少年。ああ。リル様だ。リル様は優雅に礼をされる。あまりの賢さに、時折、王城に出仕されていると聞いていたが。その堂に入った態度に納得する。
挨拶が終わって、ホッとした。
今考えたら、恐ろしい事だ。あんな上位の家族の中に入り込もうとしていたなんて。過去に戻って自分をひっぱたきたい。宰相閣下家族を見ていて、まるで別世界の住人に会ったような気がしていた。確かに、数年間、一緒に時を過ごしたはずなのに。この心の中の大きな溝はなんだろう。
その後は知り合いの令嬢に会って話をしたり、他家の令息を紹介されたりして過ごした。
夜会ももう、お開きになる時間が迫る。お義父様やお義母様は、まだ話をされている。
窓辺の椅子で外を眺めていたら、他の令嬢の声が聞こえた。
「まあ。見て。ルークスタッド様よ。相変わらず素敵だわ。お忙しいのかしら。まだご結婚もされないし。ああ。あんな方に見初められたらいいのに。」
窓の外を見ると、金髪の美しい男性。
心臓がドキリとする。
あの人だ。
私を助けてくれた。
ルークスタッド様?そう、令嬢は言っていなかったか?
私の視線に気が付いたのか、彼がこちらを見た。一瞬、視線が交わる。気のせいでは無いだろう。
高まる鼓動を抑えるように、胸に手をあてた。
帰りの馬車に乗り込む際、偶然、宰相閣下の後になった。宰相閣下の後に付き従う彼。
「おう。ルークじゃないか。久しぶりだな。」
お義父様が、にこやかに話しかけられる。…お義父様、お知り合い?
「お久しぶりでございます。イング様。」
「元気そうで何より。うちの娘もこのように元気だよ。」
…私の事、覚えていらっしゃるのかしら?
でも、そうだとすると、とってもみっともない私だ。
「過日は、助けていただいたのにお礼も申し上げられず、大変失礼を致しました。」
淑女の礼を取る私を見て、目を細められる。
「いや。昔の事だ。」
ついと、視線を逸らされる。胸がきりりと痛む。
夜会の日から数日後、宰相閣下の奥様、レイローズ様からお茶会への声掛けを頂き、私は順調に社交の場に出て行った。レイローズ様の養い子だったため特別扱いをされているという、他家の令嬢からのやっかみがあるのも分かっている。だが、気にしていても仕方がない。だが、何度お会いしても、もはやレイローズ様は雲の上の人で。私は憧れるだけだった。
その時、私は悩んでいた。王立学院卒業後は嫁ぐのか、イング家の者として文官を目指すのか。
女性の文官は少ない。特に書記官となると、この国ではほぼ男性である。嫁ぐなら、早めに相手を見つけなければならない。17歳となった私は、内心、とても焦っていた。
実は、婚約の申し込みが数件あったからだ。
あまり先延ばしには出来ない。お義父様もお義母様も、無理強いはなさらない。でも…。
「好きな人がいるのかい?」
お義父様に突然尋ねられ、私は答えに窮してしまった。そんな態度をとったら、肯定ととられてもおかしくない。
「…いいえ。私、文官になった方がいいのか悩んでいるのです。とても難しいのは解っていますけれど。」
嘘はついていない。ただ、申し込まれた相手には全く惹かれなかっただけだ。
「じゃあ、僕が勧めたら嫁ぐのかな?」
そう聞かれ、ドキリとした。
「あの…お義父様。私…。」
黙って、私を見るお義父様。こんな小娘の浅はかさなど、見透かされたような静かな眼差し。
「ルークスタッド。」
急に彼の名を言われてドキッとする。
「ああ。やっぱり、予想通りだね。」
私を見て、ニコリと笑うお義父様。ええっ?
「彼は、難易度高めだけど、落とせないことは無いと思うよ。特にメイア、君ならね。」
「あの…お義父様?」
「メイアは動揺した時に、よくわかる反応をするからかわいいよ。じゃあ、婚約の申し込みは断ってしまうね。とりあえずは、文官になる方向で頑張って。長期戦は覚悟してね。」
ニコリと笑ったお義父様の言葉に、私はあっけにとられていたのでした。