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黎明  作者: 明月 えま
2/11

イング家

「メイアです。」

 緊張して言った私を、お義父様とお義母様は優しく迎えてくれた。本邸には家族3人と使用人。隣にある別邸に、前伯爵であるおじい様、おばあ様とさらにひいおじい様が暮らしていた。ひいおじい様は、御年89歳で、寝たきりで生活されていた。


 基本的には本邸で暮らし、数日に一回、おばあ様やおじい様、ひいおじい様に会いに行った。穏やかな暮らし。もう二度と、同じ失敗は繰り返さないようにと、イングの家になじめるように努力した。

 その穏やかな暮らしが揺らいだのは、養子になってたった半年。まさかのお義母様のご懐妊。嬉しくもあったけれど、私は自分の存在意義を失ったように感じた。だが、まあ、女子だから、この家の恥とならないように努力して、この家の利となるような家に嫁げばいいと言い聞かせた。


 徐々に大きくなるお義母様のお腹。うれしそうなお義父様。翌年、弟の二コラが生まれた時、私は上手に笑えていただろうか?

 小さな、小さな命。イングを継ぐ者。

 守られ、愛される存在。


 徐々に、私の足は別館のおじい様やおばあ様の所に向くようになった。といえ、おじい様もおばあ様もまだ60代で、人付き合いも多く、おじい様は書斎で仕事をされていることが多かった。

 そんな私の入り浸った先は、ひいおじい様のベッドの横だった。


 はじめは、しかめっ面のひいおじい様が怖かった。

 お部屋を訪問し、ご挨拶をしたら出て行く事が多かった。でも、何度も伺ううちに、ひいおじい様にもだいぶ慣れた。と、いうより、そこにしか行き場が無かったのだ。


 昔は一等書記官として、とても優秀でいらしたというひいおじい様。文官のその手は痩せて肉が落ち、骨ばってもなお、その仕事ぶりを表すかのように、筆を持つ手は変形したまま。


 いつしか、毎日、ひいおじい様のベッドの横で、新しく編纂された資料を音読するのが私の日課となった。それは、私の指定された勉強内容でもあったのだけれど。時折、読み違いがあると、静かに手を上げて合図される。私が頬を寄せると、ひいおじい様は擦れた声で正解の読み方を教えてくださる。

 公文書は、まだ11歳の私には難しかったのだ。

 もちろん、ひいおじい様が体調がすぐれないときは遠慮した。でも、その時は、痛む腰をさすってあげたりして、時間をつぶした。


 決して、お義父様やお義母様が私を邪険にされたわけではない。でも、本邸には私が居づらかった。そうやって、二コラが生まれてもうすぐ2年と言う頃。私が13歳になった時、ひいおじい様の容態は急変した。もう、92歳。充分頑張られた。


 わかっていた。わかっていたのに、涙が止まらなかった。

 こんな日が来る事は、わかっていたんだ。


 私があまりにも泣くものだから、おじい様とおばあ様も困り顔で。お義父様は、私を優しく抱きしめてくださった。


 泣いている間に、葬儀が終わった。


 もう、ひいおじい様のお部屋に行く事も無い。


 葬儀の翌日、お義父様から呼ばれていると聞き、お義父様の書斎に伺った。そこには、お義母様も、おじい様も、おばあ様もいらして。ニコラもいた。何があったんだろう。キリリと心臓が軋むような気分がした。

「メイア。こっちにおいで。渡したいものがあるんだ。」

 そう言って、手渡されたのはインクで汚れた古い木箱と、白木に美しい文様が入った木箱。

「これは?」

 何を渡されたのか解らず、お義父様に尋ねる。

「開けてごらん。」

 皆が、私を見ている。何だろう?恐る恐る、古い木箱を開ける。中には、使い古された文官が使用する筆が一本。皆が黙っているので、白木の箱も開ける。中には、木に美しく彩色された筆が一本。

「古い木箱は、ひいおじい様からだよ。そして、新しい箱は、皆からの君への贈り物だ。受け取ってくれるかな?」

 驚きで、固まってしまう私に、お父様が話す。

「ひいおじい様が、現役の頃に使われていた筆だ。イング家ではね。代々、亡くなる時に、自分の使っていた筆を自分が認めた者に譲るのだよ。君は、ひいおじい様の一番のお気に入りだったからね。僕はもらえなくてガッカリだが、メイアなら大事にしてくれるだろう?そして、新しい筆は、いつかイング家の誰かに譲れるように、大事に使ってくれると嬉しいのだけれど。」

 お義父様の話の途中から、涙がボロボロと流れ落ち、止まらなくなった。

 お礼も言えず、しゃくりあげて泣く私を、お義母様が優しく撫でる。

「メイア。二コラが生まれて、ずっと遠慮していたでしょう?でも、私たちは家族なのよ。」

 お義母様の言葉に、ますます涙が止まらなくて。


 気が付くと、二コラが私のドレスの裾を引っ張っていた。

 視線を合わせるために腰を落とすと、二コラが頑張って手を伸ばして、私の頭を撫でようとした。

「ちゃいちゃいー。」

 私が、痛くて泣いていると思っているのだろうか。小さな弟が、私を気遣ってくれている。

「ありがとう、二コラ。お姉様は痛くて泣いているのじゃないのよ。嬉しいの。」

 そう言って、泣きながら笑った。

 そんな私を見て、二コラも笑う。私の手をギュッと握るその手が小さくて可愛らしくて。この日、私はやっと家族になれたと思った。



クラウス・イングはリオンの班員でしたので。回避を読まれている方はニヤッとできるかな?


次から徐々に恋話です。

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