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黎明  作者: 明月 えま
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水の令嬢

更新遅めになりますが、ぼちぼち投稿します。不定期更新です。

初めは暗めです。

 今になって思い返しても、幼い頃の私は、我儘でどうしようもなく最低な子供だった。


 私はメイア・イング。イング伯爵家の令嬢である。今、16歳。イング家は伯爵家の中でも、旧家と呼ばれる長く続く名家である。王城内の書物を管理する職に就き、王国の歴史を綴るのがイングの使命。


 だが、私は養子である。養父のクラウス・イング伯爵は19歳で婚約者(私の養母)と結婚したものの、なかなか子宝に恵まれなかった。当時お義父様は34歳になっておられ、お義母様も33才。仕方なく子供を諦められ、私が養子として迎えられた。


 だが、10歳の私を引き取ったその翌年、イング家には待望の男子が生まれた。かわいい私の弟。今、5歳になって、時折、やんちゃな弟だが、普段はイングの家に相応しい落ち着きを見せている。私の5歳の頃とは大違いだ。そして、お義父様もお義母様も、変わらず私を長女として育ててくださっている。


 私の話を、聞いてくれるだろうか。


 私の出身は隣国ホバルであるらしい。5歳の頃、軍事政権が崩壊した。軍部派であった私の一族はもうすでに遠縁の者すら残っておらず、身内はいないと聞いている。古い名は教えてもらっていない。

 貴族家出身であることは間違い無く、水の魔力を宿した青い髪色と青い瞳を持っている。


 奴隷として運ばれているさなか、通りかかったロイメール王国の宰相閣下に拾われた。運が良かったのだ。宰相閣下の配下の魔術師様に隷属術を解いてもらった後、魔力を暴走させた。宰相閣下の奥様になついた後に魔力の暴走が収まったらしく、宰相グラート侯爵家の養い子となった。 


 拾われた2年後に宰相閣下と奥様に、お子が生まれた。私はそれまで目をかけてくださっていた奥様の気を引きたくて、我儘を言い、とても困らせたのだった。


 グラート家嫡男リル様が1歳の頃まではよかったのだ。だが、2歳になられ、自己主張をされる年齢となられた時、私は9歳になっていたのに、奥様に構ってもらおうと何度もリル様と張り合った。今考えたら、馬鹿みたいだ。


 そんな中、かくれんぼをして、私はリル様を衣装室に置いてあった。大きめの衣装箱に閉じ込めた。リル様はメイドによってすぐに見つけられたが、本当にあの頃の私、何てことをしたのだろう。

 誰かの気を引きたくてたまらなかった。叱られた後、不貞腐れて、リル様を閉じ込めた衣装箱に入った。


 ガチャリと、外から鍵が閉められた。


 ゾッとした。大声で、ごめんなさい、出してと叫んだが、何の返事も無く。

 気が付くと、無音だった。


 魔術がかけられている。


 その事に気が付いて、身体の温度が急に下がった。手が震え、歯がカチカチと音を鳴らす。箱の中で自分が運ばれ、揺られて生じる衣擦れの音しか聞こえない。



 どれだけ、揺られていたのかはわからない。

 箱がドサリと落ちた気配がして、急に音が聞こえた。


 ザワザワする、人の声。

「オイ。今の馬車、こんな立派な箱を落としていきやがったぞ。」

「こりゃあ、貴族様の持ち物だろうよ。」

「何が入ってんだ?金か?宝石か?」


 ガチャリと急に蓋が開く。

 目の前が眩しくて、一瞬、見えない。

「なんだ、ガキかよ。」

「でも、いかにもなお貴族様のお嬢様じゃないか?」

「売ればいい金になるぜ。」

 私の腕がつかまれて、引きずり出される。


 目の前には、薄汚れた色の洋服を纏い、ススが顔についた男達。街中に漂う鼻をつく異臭。吐き気をこらえているのが気づかれたのだろう。

「何だよ、こいつ。俺らの事、汚い物でも見るような目をしやがって。」

 殴られる?

 そう思った時、他の男が止めた。

「おい。カシラの所に行って買ってもらうんだろうが。殴っちまったら、価値が下がるぜ。」

 体の震えが止まらない。

「そう…だな。フン。仕方ねえ。箱も立派でいい値段になりそうだ。」

 ドンと身体に衝撃を受けた後の事は覚えていない。


 気が付いたら、冷たい木の床に寝かされていた。寒い。身体が痛い。


「おお、気が付いたかね、お嬢ちゃん。ちょっと顔をみせてくれるかな?」

 まるで友人に話しかけるように言われた言葉に振り返ると、柵が私を隔てていた。

「おお。目も青か。こりゃあ、高く売れるな。良い買い物をしたわい。」

 仮面をかぶった、でっぷりと太った男が、腹をゆすりながら立ち去って行く。


 真っ白になった頭で考える。

 高く、売れる?

 何が?


 …私、が?


 気が付いたら恐怖でたまらなかった。牢の中には寝台代わりに置かれた木の板があり、一角に、多分、排泄をするための穴が小さく空いているのみ。


 どうして、こんなこんな事になったのだろう。

 ああ、きっと、神様が私に罰をお与えになったのだわ。


 そう思って、涙した。



 その日、固いパンと水を与えられたが、全く手を付けられなかった。


 翌日、日中の寒さは和らいだものの、3月の気温は厳しい。夕方になったのだろう。食事も喉を通らず、せめて水だけでもと思ったのに、水も何だか生臭くて飲めなかった。体が芯から冷えてガタガタと身体を震わせていたら、仮面をかぶった男達が来て、目隠しをされた。騒いだら命は無いと思えと言われ、口を塞がれた訳でもないのに、恐ろしさのあまり声など出なかった。


 急に温かい部屋に入れられ、ザワザワと声がする中、男が話す。

「さあ、お客様方、今日、一番の商品でございます。」


 目隠しを取られると、仮面をかぶった男女が数名、こちらを見ていた。

「あら。可愛い事。可愛がりようがあるわね。でも、こんな子、すぐに足がつくのではなくて?」

 半面の仮面を被った女が言う。紫色の口紅が気味が悪い。

「さて。どこぞの令嬢がいなくなったという情報は入っておりませんな。表に出せないものなのでしょう。なにせ、落とし物でございましたから。体よく、貧民街に捨てられたのでしょうな。」

「ほう。ならば、一興。水を纏い、何とその手足の白い事か。さぞかしよい声で鳴くことだろうよ。」

 男がくぐもった声で話すのは、顔全体を覆った仮面のせいなのか。

 よほど、顔を隠したいのか。


 嫌な場所だ。ここは危険だ。子供でもわかる。でも、どうしようもない。私はどうなってしまうのだろう。


 いい子になります。お願い。神様。私を助けて。


 客達が勝手に私に値段をつけてゆく。ああ。やっぱり売られるのだ。


 私を買ったのは、くぐもった声の男だった。

 手枷をつけられ、逃げられないようにされているので、何の抵抗も出来ない。また、目隠しをされた。

「さあ。新しいお家に帰ろうね。良い声で鳴かせてあげますよ。」

 男が言っている意味が解らない。でも、絶対にいい意味じゃない。


 引きずられるように歩かされ、馬車に乗せられたと思った時、周囲がざわめいた。騒ぎ声の中、私を買った男が何かをわめきながら遠ざかっていく。

 震えながら座っていた私の目隠しが、ハラリと落ちた。


 パキリという音を立てて、手枷が外れる。ゴトリという重い音。


「二度目だ。三度目は無いと思え。」

 そう、私に言ったのは、グラート家で時折見た男性だった。他家の貴族様だったと思うのだが、声も出なかった。その男性に、馬車に乗せられて、グラート家に返された。


 宰相閣下が待っていて、男性に「ご苦労」と、声をかけられた。

 今まで優しかった宰相閣下が、感情のこもっていない目で私を一瞥された後、何も言わずに去って行かれた。

 メイドに手伝ってもらって、風呂に入り、身体を綺麗にされる。 徐々に身体に熱が戻ってくる。

「あんたねえ。いくら奥様に気に入られた養い子だからって、あんたはお貴族さまじゃないんだよ。旦那様の不興を買ってしまうなんて。いくら奥様がお優しくても、ここにはいられないだろうねえ。いいかい?大人しくしておくんだよ。坊ちゃまの所に寄ったりしちゃいけないよ。」

 年嵩のメイドの言う事に、黙って頷いていた。


 しばらくして、宰相閣下が部屋にいらっしゃった。

 身体が、ビクリと震える。


「自分が最近、調子に乗っていたという自覚はできたようだね。」

 静かに言われて、頷く。

「座りなさい。」

 閣下に言われるまま、ソファに座る。つい、昨日までは宰相閣下がお父様のような気分でいた。でも、違うんだと。やっと気が付いた。

 何を言われるのだろう。

 手が震える。


「君に真実を話すのは、もっと大きくなってからと妻に頼まれていたのだが。生憎、私は狭量でね。自分の大切な物に手を出されて笑っていられるほど優しくは無いんだよ。今から話すのは、君の出自だ。よく、覚えておきなさい。」


 そうして、私は自分の出自を知ったのだった。


 二度目だと言われた理由も、理解した。

 以前、奴隷船から助けてくれたのも、同じ方だったのだ。


 私はその時、自分の事を恥じた。

 そして、私のあまりの我儘に、宰相閣下の指示の下、全ては計算され、私に何かあればすぐに助けが入るようにされて奴隷商人と奴隷を買う貴族や金持ちを捕縛する餌とされ、箱ごと貧民街に落とされた事を知った。宰相閣下が恐ろしくなった。私の愚かさを戒められたのだが、5歳の時の記憶が全くない。助け出されなければ奴隷だったのだと、突きつけられた衝撃は大きすぎた。


 しばらくは引きこもって生活した。

 そんな私を奥様はとても心配し、何度も私の所に来られ、慈愛を持って接してくださった。

 そんな状態になって冷静になると、リル様はとても聞き分けが良く、頭のいい、可愛らしいお方だった。私は2歳児にすら、負けていたのだ。


 その後私は、宰相閣下の意向でイング家に養子に出されたのであった。

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