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第7話

 朝がきた。

 転がってると寝ちゃうなあ。

 でも、少しだけは考えられた。

 やっぱりヒースにまったく迷惑をかけない方法は思い浮かばなかったけど、わたしの「どうしても嫌」とヒースに迷惑すぎることにならない方法の折り合いをつけることは、考えた。


 ここに来てからは夜が明けると起き出して、朝ごはんの支度を手伝う。

 夜明けと共に起きてるのに、ヒースより先に起きられたことはない。

 ヒースは台所で昨日のスープの残りを温めていた。

 もう朝の水汲みの一仕事を終えて、台所に立っているんだからすごい。

 夜明け前、どのくらいに起きてるのか。


 黙ってその後ろに近付く。

 ヒースに気が付かれないように足音を立てないようにしたんだけど、後ろまで行くまでに気が付かれちゃったみたいだった。


「サリナ? ……っ」

「……おはよう」


 背中に抱きつくつもりだったのに、半分振り返られちゃったから脇に抱きついちゃった。


「……おはようございます。どうしたんですか?」


 びっくりしてるなあ。

 そりゃそうか。

 こんな風に、わたしからくっついたの初めてだもんね。


「朝の挨拶よ」

「挨拶ですか?」

「わたしの国の挨拶なの」


 もちろん嘘八百です。


「そ、そうですか……昨日までは」

「昨日までは遠慮してたの。この国ではきっと違うだろうし」

「そうですね……」


 ヒースはなんだか天井の方に視線をさまよわせている。

 お師匠さんの服から拝借してる中では、ちょっと襟ぐりの開いた服にしてみたんだけど、見てくれないなあ。


 くっついてる間に、心の中で昨夜考えたことを唱える。


 ――ヒースが、えっちなことができる体になりますように。

 ――ヒースが、わたしとえっちなことをしたくなりますように。


 いやあ、とても口には出せないので、本当に心の中で唱えてるだけだけど!

 でも女神にソノ気がなくったって強姦されまくるって話なら、この力はもともとダダ漏れのはず。

 そして触ったほうが効果が出ることは裏の畑で実証済みだ。


 たぶん、だから、体を売らされるんだ。

 濃厚に触れ合ったほうがきっと効果が高いんだと思う。


 昨日、ベッドの中で考えたことが、これだ。

 まずは、もうヒースにまったく迷惑をかけないって方法はないんだと、そういう結論に至った。

 せめて致命的なものを避けようとなれば、神殿か後宮に行くってことになる。

 でもわたしは、知らない人に体を売るとかは嫌だ。


 じゃあ、行き先は相手が一人だけの後宮ってことになるんだけど、やっぱり初めては好きな人とがいい。

 そして、この好きな人っていうのがヒースしかいない。


 他に出会って恋をして……ということは、もう絶対にない。

 わたしがどんなに望んでも不可能だ。


 ヒースのことが好きかどうかって言うのなら……好きだ。

 熱烈に恋してる、とは違うかもしれないけど。

 消去法でヒースしかいないっていうのじゃないってことは、主張したい。


 綺麗で、賢くて、優しくて、いい人で、自分がいつか困るかもしれないのにわたしを守ってくれようとしてる。

 そりゃあ、こんだけの人なら好きにもなると思うのよ。

 好きになったから、迷惑かけたくなくなったのよ。


 もう迷惑かけないようにするから、せめて、思い出がほしい……って、駄目なことかな。

 できれば無理強いしたくないので、ヒースには自発的にソノ気になってもらいたい。

 ソノ気になってくれないと、そもそも無理強いもできない。


 しかし、彼がもともと女性にソノ気にならない人だってことも忘れてない。

 で、ここは一つ、そういうヒースを「女神の力」とやらで治せないだろうかと考えたわけである。


 これは無理強いと違うのかと言われたら反論は難しいけど、普通の人は好きじゃない女でもいけるっていうし、他人と同じにするだけなら許されるかと思うんだけど、甘いだろうか。


 この力でヒースの一生を縛ろうというんじゃない。

 ほんの一回、綺麗な思い出がほしいだけだ。


 わたしにとっては一生しがみつくための思い出だ。

 そのくらいは許してほしい。

 ソノ気になってくれるなら、そこに本気の愛情までは求めない。


 ……ヒースに本当に拒まれたら、もちろん諦めるよ。

 ヒースにも選ぶ権利はあるもんね……


「サリナ」

「なに?」

「いつまでこうしてるんでしょう」

「あ、ごめん」


 言われて、離れた。

 うーん、効いてないのかなあ……


 あれ、なんかヒースの服の袖口が光ってる?


「ヒース、それ」

「これは……気にしないでください。ちょっとしたまじないなんです」


 おまじない?

 でもヒースに追及するなと言われたことを、追及はできなかった。


「んー……わたし、畑から野菜取ってくるね」

「はい……気を付けて」


 台所を出たら、なんだかヒースの溜息が聞こえたような気がした。


 わたしは言った通り朝食べる野菜を取りに、裏口に回って注意深く覗いてから外に出た。

 今は怪しい気配はない。

 昨日のあれがきっかけで考えたことだけど、誰であれ、見知らぬ人にわたしが発見されたら、きっとここでの生活は一瞬で崩壊する。


 昨日までは、ちょっと甘く考えてた。

 もっと警戒しなくてはいけないと、反省した。


 崩壊は一瞬で、それを察知してからヒースとどうこうなる時間はたぶんないと思うんだ。

 そうなったら、きっとヒースには迷惑千万なわけだし。

 だから先手を打って、ヒースと思い出を作りたいわけなんだけど。


 わがままかなあ……


 発見される前に思い出を作り、自発的にここを出ていければ、ヒースに今面倒を見てもらってることと「思い出作り」以上の迷惑はかからない。

 これがわたしの考えた、希望と現実の折り合いだ。


 そして、実行は速やかに。

 もたもたしている時間はないかもしれないんだから。


 わたしだって、できれば自然に心を通わせて……っていうのが理想だ。

 でも理想を追いかけているうちにタイムリミットがきちゃったらどうするの。

 手遅れになったら後悔じゃすまないかもしれない。


 だから、手段は選ばないことにした。

 女神の力があるっていうんなら、利用させてもらおう!



 パンに挟むための葉野菜を収穫して、台所に戻る。

 葉野菜にチーズのソースをかけて、パンに挟もう。


「ヒース、野菜取ってきたよ」


 野菜を持って、やっぱりかまどの前にいたヒースに駆け寄る。

 ぴったり横について、腕にしがみついた。

 接触で女神の力が伝わりやすくなるんだから、スキンシップはどんどんしないと。


「あ、はい」


 ヒースがまたびっくりした顔をしてるけど、そこは気にしないで元の世界の慣習で押し切ると決めてる。

 元の世界のことは、わたしが嘘をついてもわかる人は他にいないしね。


 ヒースだって結構わたしのこと触ってきてたし、そんなには嫌がらないと思うんだ。


「……サリナ」

「なに?」


 なんでもない顔でヒースを見上げる。

 ヒースはちょっと眉を顰めて、困った顔をしていた。


「すみません、少し離れてもらえますか」


 …………

 押し退けられた……!

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