第62話
あの騒ぎも一段落して、一日が経った。
ルク宰相はあの後、王太子不在時に騎士団を動かし女神を捕えようとしたとエドウィン王子に責任を負わせようとしたらしい。
でも結局未遂だったため、思う通りにはならなかった。
エドウィン王子は王宮の中で行方不明になった女神を保護することは騎士団の当然の勤めだとしゃあしゃあと言い、ルク宰相は王位の象徴としての女神を手にせんとしたことに謀叛の意図があったのではとねちねち責めた……という。
この辺は、翌朝までに王宮女官のネットワークから情報を集めてきたフランシスカの弁だ。
噂は千里を走ると言うけれど、多分非公開だったはずのやりとりが大雑把ながらにも一日足らずで漏れてて大丈夫なのかと、ちょっと思う。
ルク宰相は穿ちすぎだと周りから宥められ、でもエドウィン王子も自分で近付いたことをやりすぎだと諫められ、結果としてはエドウィン王子が一時的に王都を離れることになった。
王都の南に領地のあるダーン侯爵の預かりになって、しばらく謹慎するんだそう。でも、それは大した罰ではなくて、遠からず戻ってくる。
しかしルク宰相も懲りることなく、この隙にエドウィン王子の縁談をまとめようとしているらしい。
……話を聞いてると、どういう争いになってるのかよくわからない。
そもそも、たった一日で攻防を繰り広げるようなことだろうか。
ヒースもわたしを離宮に送り届けた後は、この攻防に参加するために行ってしまって、とうとう初めて夕食時に離宮に戻らなかった。
話し合いから抜けられないだけだから安心するようにとメッセージを持ったフランシスカが戻ってきて、夜が更けてからヒルダがもう一回様子を見に行って、結局わたしが待ちくたびれて眠っちゃってからヒースは離宮に戻ってきたらしい。
そして、朝はわたしが起きる前に出ていった。
戻っていたという証言をミルラから聞いたものの、顔が見られなかったので釈然としない。
「結局、全員、ルク宰相に謀られたのですわ」
その中には自分も含まれると、苦々しげに午前中に離宮へ来たフランシスカが言った。
「全員?」
「全員です。もちろんサリナ様もでしてよ」
フランシスカの言うには、最初に嵌められたのはヒースとフランシスカだったらしい。
そしてわたしも、エドウィン王子も、作られた状況を誤解したり利用しようとして動いてしまった。
それらはすべて、ルク宰相の思惑だったと言う。
「わたくしたちは、サリナ様が思っていたような深刻な事態ではありませんでしたのよ。だからこそ気付くのが遅れました。申し訳ございません」
フランシスカがわたしの両手を握って、真剣な顔で謝罪する。
でもまだ何を謝ってるのかピンとこなかった。
「何をしていたかの詳しくは、ヒースクリフ殿下よりお聞きくださいませ。ただ居場所がわからないと思われていた間、わたくしは殿下のお供で王宮を離れておりましたの。本当は、そのような予定ではありませんでした。ですが急に殿下の予定がお約束の相手の都合で取りやめになりまして、時間が空いたのです。ならばこの機会にと、勧めを受けて王宮を出たのですが……もう、その、予定が取りやめになったことも、外に出るような勧めも、ルク宰相の工作だったのですわ」
つまり、わたしたちは騙されてしまったけど、実はヒースたちは囚われていたわけじゃなかったんだ。
急に空いた時間を使って、出かける……日々忙しそうなヒースには、時間は貴重だ。
それは当然の成り行きだったんだろうと、わたしも思う。
「それで……ヒースを外に出しちゃってから、わたしを迎えに来たのね」
「その前にヒース殿下の反対してらした、あの檻の支度を調えて、ですわね」
「支度はずっと前からしていたんじゃないですか? だって檻なんて、すぐ用意できないでしょう?」
ミルラが横から口を挟む。
「確かにそうですわ。ならばすべて計画的ですわね。腹の立つ!」
フランシスカにしては珍しく、語気が強い。
わたしたちもまんまと騙されて、ルク宰相の思惑に乗ってしまったわけだけど……そんなに檻に入れたかったのか。
「そういう話だったなら、檻に入れるのは手段でしかなさそうね。もっとも、ルク宰相自身はヒース殿下派のつもりなんじゃない?」
ヒルダは腕組みして、考え込むように言った。
「ヒース殿下を騙して利用して、サリナ様を危ない目に遭わせておいて!」
フランシスカの興奮状態は続いている。
「エドウィン殿下を失脚させて、ヒース殿下の立場を固めようとしてるでしょ。檻もそうだけど。……でも、サリナ様をエドウィン殿下に一時奪われることも画策のうちだった気がするから、それは許せないわ」
「えっ!?」
ヒルダの言葉に、びっくりして座ったまま飛び上がってしまった。
「奪われるって……」
そんなことになったらどうなるかが頭を過ぎって、血の気が引く。
「そうでしょう。サリナ様が跳んで逃げなかったら、檻にいた時点で捕まってたかもしれないわ。そしてその後でヒース殿下が戻ってきてサリナ様を奪い返せば、罪は成立した後よ。今の状況より申し開きできないわ」
わたしは口がぱくぱくするだけで、声が出なかった。
わたしがエドウィン王子に酷い目に遭わされることも、折り込み済みだったのか。
その上で有罪を叫ぶつもりだったのなら、泣きそうに怖い。
そうならなくて、よかった……
だけどそうだとしたら、ルク宰相にとっても思惑通りには進まなかったのかもしれない。
わたしは逃げて、そしてヒースの帰還は間に合った。
やっぱり、わたしはきっと幸運なんだ。
「殿下、どうしたんですか?」
お昼前、ヒースが離宮に戻ってきた。
玄関の扉を開けてヒースが戻って来たのを、まず台所に行こうとして廊下にいたミルラが迎えた。
その声でヒースだとわかって、わたしもリビングを出て玄関ホールに立つヒースに走り寄った。
「ヒース、どうしたの、お仕事は?」
昨日からの話し合いは早朝に決着がついたとフランシスカから聞いて、その後は普通の仕事……王様の代わりの政務に戻ったと思ってた。
「宰相に押しつけてきました」
働き者なヒースのにこやかにも珍しいサボり発言に、びっくりしてぽかんと口を開けてしまう。
「いいの?」
「昨日の仕返しですよ。今日ぐらいは肩代わりしてくれるでしょう。私はこれからギルバートが荷物を運んできてくれる約束になっていて、それを受け取らないといけませんから」
ギルバートが荷物を持ってきてくれるという話に、ちょっと首を傾げる。
「テレセおばさまの贈り物?」
「……違います。まだ来るまでに時間はあるだろうから、食事をしましょうか」
ヒースは手にバスケットを持っていて、なんだかピクニックにでも行くみたい。
「荷物を運び入れるのをギルバートに手伝ってもらうから、その間サリナは庭に出ていてもらおうかと思いますが、いいですか?」
「外に出るの? いいの?」
「いいですよ、私がいっしょだから」
庭にテーブルを出そう、と、バスケットをミルラに渡しながらヒースは言った。




