第51話
「サリナを檻に入れたりはしないから、安心してください」
檻に入りたくないという意思は、もうヒースに伝わっている。
そもそもヒースも反対なんだから、隠す必要は感じなかった。
でも、それでヒースが困るなら、絶対にいやだとは言わない。
それも最初に聞いた時に、言ってある。
「どうしようもなかったら、入るよ?」
「どうしようもなくても、私が入れたくありませんよ。君を見せ物にしたくないんです。当たり前でしょう?」
伸びてきたヒースの指先に顎を取られて、軽く上向かされた。
口の端をぺろりと舐められて、唇から走るたまらない何かに震える。
……もしかしてソースが口についてたのかなと思ったのは、そのままヒースの顔が離れていったからだった。
別の意味で恥ずかしくなって、顔が熱くなる。
そして、やっぱりわたしと比べればヒースは小さくないと改めて思った。
脚もかなり長いはずなのに、座高もわたしよりあるんだよ、ヒース。
並んで立ったら、もちろんすっかり見下ろされる。
正確な身長はわからないけど、ヒースも百八十センチ近くはあると思ってた。
もしかしたら、越えてるかもしれない。
これで平均より低いって言うんなら、高い人は二メートルを楽勝で越えるのではなかろうか。
「あ」
そうか。
自分が自分で思う以上に「若く見える」、そしてこの世界の人たちもわたしには「やっぱり若く見える」からくりがわかったような気がした。
この世界の人たちは、顔立ちは若く見えるが、体が大きいんだ。
体の大きさで、わたしは年齢を本来よりかなり下に見積もられるんだ。
でもこの世界の人たちは、わたしから見ると実際年齢より顔は若々しいんだよね……だからわたしにも正しく年齢が当てられない。
ささいなことだけど、やっと謎が解けたような気がした。
そうしてふと、運悪く町中に落ちてしまった女神のことを思う。
……ああ、そりゃあ、死ぬよね……
この世界落ちてくる女は国籍問わずのようなので、日本人ほど小さくない人種もいるかもしれないが、しかしそれを上回ってこっちの人がでかいんだったら。
力も体力もはるかに上回る男、しかも複数に好き放題にされたら。
話に聞く女神の初期死亡率の高さに、改めて納得する。
いったい何人にヤられれば死ぬんだろうとか、口には出さないまでも考えてはいたんだよね。
口に出したら不謹慎な話だけど、わたしには隣合わせの『もしも』だから。
大きさの比で考えたら、わたしの世界の成人女性でも、この世界の男性とだと大人と子どもくらいの差になっちゃうのかもしれない。
そういうコトでの死因の正確なところの知識はないけれど、正しい男女の身体サイズ比よりダメージは上昇するだろうと思う。
そう思えば、体の大きさの差が常識的な範囲にぎりぎり収まっていそうなヒースとの出会いはやっぱり幸運だった。
なら、やっぱり多少のことには目を瞑るべきだろう。
もう一度、うん、と、一人で頷いたら、ヒースに変な顔された。
「どうしました? サリナ」
「ヒースが小さい方なら、檻の周りの男の人はだいたいもっと大きいってことだよね。それはやっぱりちょっと怖いなあって思って」
「そうですね。そして君に欲情して我を忘れています。……君が怖がるようなことはしたくないのです、サリナ」
ヒースの指が頬を撫でる。
「でも、やっぱり、わたしやるわ」
「サリナ?」
ヒースが顔を顰めた。
「それしないとヒースが困るでしょ?」
わたしが異世界から来た女神であるということが、ヒースが王太子に戻った理由の一つになっている。
屁理屈の三段論法で冷静に考えればおかしい話だけれど、そうなっているのだから、それ自体は変えられない。
「そんなことはどうにでもなりますから」
ヒースはもっと険しい顔を見せる。
「そんなとこで無理をしなくても、わたしの持ってる力が本当だってわかればいいんだから。それがわかるように見せなかったら、嘘だから見せられないんじゃないかって言う人もいるでしょ」
「……サリナ、ここで何もしなくともいずれ証明されるんです。豊穣の儀式をしてから、最初の収穫までに一年かかりますが、女神が儀式に臨んだ年とそうでない年には大きな差があるのです。結果は自ずと出ます」
異世界から来た女神が『まとも』な場合だけできる、豊穣の儀式というものがあるらしい。
冬の終わりの種蒔き前にする儀式だと聞いてる。
外に連れ出せない女神の前に土や種を運んで来て、祝福を与え、国中の農地に配るのだそうだ。
種はもちろん蒔き、土も肥料のように撒くという。
結果は次の収穫期に出る。
天災レベルの干ばつや冷害が起こるような絶望的な天候でない限りは必ず豊作になるということだった。
そんな干ばつや冷害があったとしても、それでも並の収穫程度は期待できるという、女神の力ってそこまですごいものかと自分でもちょっと半信半疑な話を聞いている。
「でも、一年かかるじゃない」
その間にヒースに何かあったらどうするの。
「怖いけど、怖いだけよ。ヒースだって近くにはいてくれるでしょ? 大丈夫よ」
「駄目ですよ」
もうすっかりヒースは怖い顔だった。
ヒースの怖い顔は、綺麗な分だけ本当に怖い。
違う意味でどきどきする。
久しぶりに、ちょっとヤンデレな部分を刺激してしまったかもしれない。
合意の上とは言え、相変わらずの軟禁生活。
わたしの安全を守るためっていう外に出られない理由と、外に出したくないヒースの意思が一致しているから、トラブルにならないだけだ。
「他の男が君に欲情するのを見るなんて、ぞっとします」
ヒースの手が髪を梳いて、頭の後ろに回ったと思った時には怖い顔のままヒースの瞳が目の前に迫っていた。
「ん」
噛みつかれるようなキスをされて……
唇が離れたと思ったら抱き上げられた。
「ヒースっ」
しかも荷物のように肩に担がれている。
ヒースはそのまま食事を置いて立ち上がっていた。
怒ってる?
怒ってるの?
いやでも、怒ってるからってどこに運ぶの。
ヒースに担がれたまま食堂を出ると、台所からヒルダがちょうど出てきたところだった。
「ヒルダ、食事を片づけておいてください」
「あら、もうよろしいんですか」
「肉が残っているだけで、もうだいたい食べ終わっていますから。果物だけは後で食べられるように保存庫にでも入れておいてくれますか」
「わかりました」
「それとあまり余計なことは言わないように」
「まあ」
ヒルダは何を言われているのかわかったのか、にんまりと笑った。
「夫婦の間に隠し事はよくありませんわ」
「……後でゆっくり話し合いましょう」
忌ま忌ましさを隠さぬ声で、ヒースが言う。
「はいはい。今はどうぞ、サリナ様を優先されてくださいな」
「……寝室にいますから」
寝室……
あ、あれ?
もう?




