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第4話

「私は神殿での女神様の扱いについて、詳しくはありません。伝聞ですので、間違っているかもしれませんが」


 そこでヒースは息を吐いた。


「神殿では最高神とその眷属たる神々を祀っています。民より寄進を集め、その寄進の額により、女神様の祝福を与えるのだそうです。生きて豊穣の女神様が神殿に入れば、その生ける女神様が祝福の勤めをします」

「祝福って?」

「様々です。農民の多くは次に蒔く種籾に祝福をもらうそうです」


 ああ、それはいかにも豊穣の女神らしい。


「それ、祝福すると豊作になるの?」

「とても強く育ち、多く実るそうです」


 いいじゃない。


 なにがヒースにあんな瞳をさせてるんだろう。


「女神と祝福を受ける民は、小窓のある壁越しに面会をします。どちらからも越えられない大きさの小窓だそうです。病の者は、病が癒えるように祝福を授けてもらうそうです。健康な者はその健康が続くように……民は、女神様から祝福のくちづけを」


 くちづけ……

 いや、でも、くちづけぐらいだったら、いいんじゃないかな。

 そこまでケチケチしちゃいけない気がする。


 じゃあ、やっぱり神殿がいいんじゃないか。


「……貴族や、豪商などが大金を寄進すると、女神様の御身による祝福をいただけるそうです。その時は、壁越しではなく、直接同じ部屋で逢うのだとか」


 おんみ?

 身?

 身……?


「昔、幾日もに渡って寄進を繰り返し、幾度も女神様の祝福をいただいた豪商がいまして、その者が手記を残しています。その……男は女神様に恋をし、女神様との睦み合いを記録し、寄進によって女神様が他の男にも抱かれることに嫉妬していました。その女神様はほどなく亡くなられたのですが、女神様に恋したその男に殺されたのではと噂されました。男は噂を否定し、女神様との恋を綴った手記を本として売ったのです」


 ……いい話なような、そうじゃないような。


「そ、その人は狂わなかったんでしょうか……」

「どうなのでしょう。その本によると、行き過ぎを防ぐために去勢した神官と女神官が複数立ち会うんだそうですが」


 うわあ……まさかの見学者付き。

 見られながら、それはやっぱり、ヤられてるんですよね……


「私としては理性を失う男に恋も何もないと思うのですが、その男は想い合っていたと残しています。そして、その本が神殿の女神様の役割を、国中に知らしめました。私もそれでしか知らないのですが、その本に書かれていることを神殿は今も否定はしていないのです」


 それって、つまり、神殿に行くと、金で身を売らされるってことだよね。


 わたしは言葉を失ってしまった。なんて言っていいかわからない。

 神殿で娼婦になるのと、後宮で王様のおめかけさんになるのって、どっちがマシだろう。


 ……だめだ、詰んでるわ。

 少なくともこの国に落ちた異世界女に、どう足掻いても明るい未来はない。


「……サリナ」


 黙り込んだわたしに、ヒースは心配そうで悲しそうな瞳を向けてきた。

 今は、絶望的なわたしの未来に同情してくれるヒースが唯一の救いだわ。


 おそるおそるといった風に、ヒースはわたしを覗き込んだ。


「嫌なら、神殿へも後宮へも行かなくていいんじゃないでしょうか」

「え、いいの?」


 行かなくていいなんて選択肢があるとは思わなかった。


「いえ、普通は……行かねば命に関わりますから行くものです。どちらかに行って身を隠さねば、明日をも知れないということになりますから」


 そうだよね。

 命には替えられない。


 命が惜しかったら、見知らぬ人とえっちをするのは諦めないといけない。

 そうすると、相手が一人だけに限定される後宮が一番マシなのかな。あ、でも、後宮で王妃様とかと争いになるかもしれないのか。


 後宮ってくらいだから、王妃様一人じゃなさそうだ。

 陰湿なイジメとかあるのかな……

 ただ寵愛を競うってだけじゃなくて、血を血で洗うみたいなことがあったらどうしよう。

 読んでた本には、そういうのもあったよね……


 神殿は多分、争いはない。

 その代わり、どんなに取り繕っても、事実上娼婦だ。


 ああ、やっぱり、どっちも嫌だ……

 泣きそう。


「サリナ」


 泣くのを我慢して歯を食いしばってたら、いつの間にか目の前まで顔を近付けていたヒースがそっと頭を撫でてくれた。

 天使様の手はとても優しくて、あったかかった。

 おかげで我慢してた涙がこぼれちゃったわ……


「王宮も神殿も、女神様を探し出す術があるわけではありません。知らせが入り、それで迎えを出します。ですから、知らせなければわからないのですよ」


 知らせなければ……


「……ヒースは? 知らせてないの?」

「王宮にも、神殿にも、どちらにも知らせていません」


 ヒースは表情を真面目そうに引き締めて、そう答えた。


「いいの? 知らせなくて」

「本当は知らせる義務があります。でも、私はあなたが望むなら、あなたを匿おうと思っていました。最初から」


 最初から?

 それはわたしを見つけた時から?

 わたしを匿おうと思っていた……?


「どうして?」

「この世界は、女神様に厳しすぎる」


 ヒースはとても苦しそうで、それが本音であることを疑う気は起こらなかった。

 最初から、ヒースは異世界トリップしてきた女に同情してたものね。


「助けてさしあげたくても、ほとんど間に合わない。守りたい気持ちがあっても、普通の男は女神様を前にして正気を保てない。この世界の男は、女神様の運命の前に不甲斐なく、無力です。だからずっと思っていたのです。もしも私に女神様を助けられる機会があったなら、どんなことでもしようと」


 その意気込みを語るヒースは、わたしの顔は見てなかった。

 だから気が付いてしまった。

 彼が助けたかった女神様は、別の人だ。


 でも、たぶん、間に合わなかった――

 ちょっとだけ、それに胸が痛む。


「サリナ。あなたが望むなら、どこにも行かなくていいです。ここで隠れて暮らしましょう。街に出ることはできませんし、他の人間と会うこともできなくて、あなたの話し相手になれるのは私だけですが」


 見つかれば酷い目に遭う。

 最悪は死んでしまう。

 生きていても、娼婦かおめかけさんになる。


 それと比べたら話し相手がヒース一人だけなくらい、どってことない。


「わかった」


 もう迷うことなく頷いた。


「ありがとう。わたし、ここで暮らすわ」


 わたしはこの世界に落ちてきた女の中で、間違いなく一番幸運だ。

 誰よりもだ。

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