第48話
頬のところがくすぐったくて、目を覚ました。
「起きましたか?」
ヒースの指が触れてたんだって、半分寝ぼけながら思ったけど、なんか触れ方が違うなって思ってた。
しばらく寝ぼけて黙ってて、やっと気が付く。
頬を触ってるんじゃなくて、ほつれた髪をいじってるんだ。
ヒースの腕枕で寝てたけど、まだ髪、あんまり崩れてないのかな。
手を伸ばして自分でも触ってみたら、花に触れた。
裸で寝てるのに、髪だけ結われてるのが急に恥ずかしくなって、花を引き抜いた。
「ほどきますか?」
「うん」
「……なら、私がほどいてもいいですか?」
「うん?」
ヒースがもう一本、花を引き抜く。
一本ずつ花を外していって、かんざしも引き抜いた。
結った髪をほぐしてヒースが手櫛で髪を梳くまでは、自分の髪が気になってよく見てなかったんだけど……ふとそこでヒースの顔を見て、わたしは固まってしまった。
……うああ、ヒースなんて顔をしてるの……!
ていうか、なんで舌なめずりなんてしてるの……
どう見ても『美味しそうなもの』を見る目で、包装を解くように楽しまれてる感じがいたたまれない。
わたしが爆発的に恥ずかしくなったのに気が付いたのか、ついてないのか、ヒースはわたしの髪を梳きながら、わたしの頭にキスを始めた。
顔を埋めるみたいにして、何度もキスを繰り返す。
「た……食べちゃだめよ」
「駄目?」
なんだか本当に食べられそうで、どきどきして、思わず言ったら、聞き返されちゃった。
「……食べたいんですが」
前にも髪が好きだなって思ったことあったけど、本当に食べる気なの。
髪を梳かれて、むずむずする。
「食べては、駄目ですか」
耳を齧られた。
髪だけでもやもやと高まってた何かが、肌への刺激で痺れるほどのものになる。
食べるって、そっちなの。
「もう一度だけ……食べさせて?」
囁きは甘くなりすぎて、たまらない。
わたしもあっと言う間に、このままじゃいられないところまで追い詰められて、いやって言えなかった。
恥ずかしいから目を伏せて、そっと頷く。
「君は大切にするべきで、君に溺れすぎてはいけないと、そうわかっているのに……私を君に溺れさせようと、こんなに画策されては止められなくなってしまいます」
どこか困ったようなヒースの呟きが髪に響いた。
「……これって、ヒースのためなの?」
「そうですね、さっきも言ったけれど」
言ってたっけ……?
言ってたかも。
「君にだけだとは言え、自制できなくなるなんて、思ってもみませんでした」
最初から近くにいても平気だったし、ヒースにはダダ漏れ分もそう効いてないと思うんだけど、たまに本当は影響あるのかなって思うことがある。
それとも、わたしが無意識に使っちゃってるのかな。
もし本当に、やっちゃってたらどうしよう。
いやだよね……わたし、この力でヒースを振り回してきたし。
「……わたし、もしかして、ヒースに力を使っちゃってる?」
「そんなことはないですよ」
「大丈夫?」
「していないから、安心して。……私が君に溺れてるだけなんです」
溜息みたいな深い息と共に、耳から頬に唇が移動してくる。
頬に触れるキスくらいで、なんて舐めたことは言えない。
それだけで、すぐまともに動けなくなる。
この世界に来て以降、わたしは体中が快楽に弱い。
本当に溺れてるみたいに苦しくなる。
「わ、わたしが、おぼれてるんじゃなくて……?」
「君が私に? まだまだ。もっと溺れてくれないと、私の方が夢中で不公平ですよ」
そ、そう……?
「女神じゃなくても、私はきっと君に溺れていましたよ。君の力が届く距離じゃなくても、駆け寄って抱き締めて貪りたくなるから……その時の私の気持ちがわかりますか?」
力がなかったら、わたしは普通だと思う。
この国の人とはちょっと違うから珍しいかもしれないけど、それだけだ。
……だからこんな風に言うヒースの気持ちはわからない。
でもわたしの方はわかる。
心臓がドキドキしすぎて、苦しい。
「他の男になんて、見せたくないんです。君が掠め取られたらと思うと」
口から心臓が飛び出しそうだと思ったら、それを封じるように口を塞がれた。
そのキスは、甘くて、すごく激しかった。
体力ないのがいけないのかしら。
元々の世界でも特に運動してなくて鍛えてない上に、こっち来てからは外に出ないから、体力落ちまくりなんじゃないかしら……
こんな体力なしで大丈夫なのかと常々思ってたんだけど……今日、とうとう、バスタブの中でヒースの膝の上っていうシチュエーションで目を覚まして、そのまま気絶しそうになった……
「大丈夫?」
ちゅっと軽くおでこにキスして、ヒースが微笑む。
気を遣ってもらってるのと、恥ずかしいのとで、胸がどきどき頭がぐるぐるする。
体力つけるのと、いろいろ開き直るの、どっちを先にするのが簡単かな……どっちかしないと、いずれどっちかで死んじゃうような気がする。
でも、体力をつけるにはやっぱり少しは外に出ないと……そうだ。
「ねえ、ヒース」
とりあえず、首から下は視界に入らないようにしながらヒースの顔を見上げた。
「なんですか?」
「わたし、外に出るみたいなこと言ってなかった?」
「…………」
訊いたら、ヒースは嫌そうな顔をした。
「私が出したいと思っているんじゃないですからね」
不本意だという気持ちが、ヒースの表情からオーラから見事に溢れている。
「やっぱりどうにかして、なかったことにします」
ぎゅっと抱き締められて、ヒースの頭が肩に乗る。
「どういう話なの? それぐらい教えてよ」
「……君が、女神だという証拠を見せろだなんて言う馬鹿者がいるのです」
証拠……
少し考えて、眉間に皺が寄るのを感じた。
「その、証拠を見せること自体は簡単な気がするんだけど」
「そう、ですね」
「見せた後、わたし大丈夫?」
証拠を見せるなんて簡単だ、人前――もちろん男性の――に出ていって、手枷を外せばいい。
多分大混乱は起こるが、疑いようもない証拠は残る。
……だけど、多分、わたしが無事で済まない。
「さすがに無策でそんなことはしません。でも、今出てる案にも同意したくないんです」
「どんな案なの?」
「君を檻の中に入れておこうという案ですよ」
……檻。
手枷の次は、檻……!




