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豊穣の女神は長生きしたい  作者: うすいかつら
第五章

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第41話

 ミルラは水に手を差し込んで、水の表面を掻き回した。

 そうすると、いくらかのうちに水は温度を上げて、湯気を立て始めた。


 なるほど、手を突っ込むのか。

 飲むお湯には向かないのね。

 お風呂は……浴槽がなかったからか。

 あったかい季節だったから、お湯じゃなくてもよかったしね。


 その後はミルラに手伝ってもらいつつ、お風呂に入った。

 わたしが出たら、交代でミルラが入って。


 ちょっと心許ない寝間着を着て出てきたけど、行き場がわからなくてまた食堂に入った。


「ヒース……」


 そうしたら、そこでヒースが一人でお酒を飲んでいた。


「ギルバートは? それ、お酒?」

「そうです。ギルバートはもう帰りました。これはギルバートが荷物の中に入れておいたんだそうです」


 お酒を飲んでるところなんて初めて見たから、びっくりした。


「飲みますか?」


 ヒースが杯を掲げたのに、首を振った。


「……わたしあんまりお酒飲んだことなくて……」


 甘いのなら飲めるんだけど。


「そうですか。なら、もう寝室に行きましょう。その格好では、冷えますから」


 ヒースは立ち上がって、わたしを寝室まで案内してくれた。

 ここの寝室にあるのは普通のベッドだったんだけど、やっぱり大きさはキングサイズだった。


「先に寝ててもいいですよ」


 と言って出て行ったから、多分ヒースもここで寝るんだな……

 と思ったら、眠れなくなってしまった。


 ベッドの上に座って、上掛けの中に潜り込むか、ものすごく悩む。

 ヒースを待ってないのは薄情な気がする。

 でもヒースを待ってると、なんかそういうコトを期待してるように見える気がする。


 き、期待なんかしてないんだからね。

 ……いやなわけでもないけどね。


 どうするか迷って、無意味に枕を手に抱えて胸に引き寄せ、ちらちらと扉を見たり、目を逸らしたりしていた。

 そしたら、決断する前にヒースが戻ってきちゃった……


 ヒースは寝間着なのかガウンなのか、前合わせの簡単な長衣を着ていた。

 髪は拭いてきたんだろうけど、まだ湿っているのが見てもわかる。


 お風呂上がりのヒースなんて、初めて見るわけで。

 わたしは枕を抱えたまま、ぼーっとヒースを見つめてしまった。


 正直に言う。

 わたしはヒースの色香にあてられて、呆然としていた。


「どうしました?」


 ヒースはベッドの端に腰を降ろして、わたしに蕩けるような微笑みを寄せるように、体を捻って手を伸ばしてきた。

 指先が膝に触れると、かあっと全身が熱くなる。


 もう、絶対ヒースは自分の顔が凶器だってわかってやってるに違いない……


「そんな可愛い顔をして見つめられたら、私の理性なんて溶けて消えてしまいますよ」


 それはこっちの台詞だと返したい。


 理性を頑張らせるためにぎゅーっと枕を掴む指に力を込めてたら、ヒースの指が枕まで伸びてきて、わたしの指を外していった。

 何をしてるのかとなすがままになっていたら、指は全部外されて枕を取り上げられた。


「可愛いんですが、自分がいたいけな娘に執着している気分になりますね」


 いとけなく見えすぎる、とヒースは少しだけ微笑みに困ったような気配を混ぜた。

 わたしが枕を抱えていたのが、子どもっぽく見えたらしい。


 それからヒースは、わたしから取り上げた枕をしばらく見つめていた。

 なんだか悩ましげな表情に、そんなにまずかったかとどきどきしてくる。


 異国どころか異世界じゃ、慣習の違いなんて見当もつかない。

 いけないことをしたのか訊かなくてはいけないかもと、ベッドの上でヒースににじり寄った。


「ねえ、サリナ」


 ぴったり隣まで近づくと、ヒースから呼ばれた。


「酒の飲めない年齢だということは、もしかしてサリナは成人していないのでしょうか?」

「ううん」

「……本当に?」


 ヒースは片手で顔を覆った。


「サリナは、自分の国の暦はわかりますか?」

「わかるけど」


 暦ってカレンダーのことでいいのかな。


 ヒースが何を困ってるのかわからない。

 何かに困ってる気はするけれど。


「サリナの国では、一年は何日?」

「365日よ」


 一年、365日。さすがにそれは間違わない。

 そう答えたら、ヒースは顔を覆っていた手を離して、顔を上げた。


「本当に?」

「四年に一回閏年があって、一日増えるけど」


 ヒースは今度は口元を覆って、考え込んでいる。


「一日の長さは? 自分の国と比べて、短い? 長い?」

「一日の長さは……ほとんど変わんないと思う」

「変わらない?」


 時計がないから、やっぱり正確にはわからない。

 でもこちらに来てからも体内時計が狂う感じはなかった。


「だとすると……やっぱり、変わらないのでしょうか」


 そこでヒースが何を考えているのか、唐突に理解した。

 前に自分も考えたことだったからだ。


「ヒース、暦の数え方で、わたしの年齢が違うんじゃないかって思った?」


 目元を染めて口元を押さえるヒースの表情は、もう目の毒だ。

 女でもくらくらくるし、この人も男性の前に出しちゃいけない人なんじゃないかという妄想が密かに過ぎる。


「わたし、子どもじゃないよ」

「サリナは……こちらの国の見方では成人前に見えるんですよ。年月の数え方は同じでも、成長の速さが違うということもあるだろうし」


 ヒースの若作り具合は、わたしより上だと思うんだけど。


「結婚できる歳は、とっくに過ぎてるのよ。若く見えるのは、多分民族的に若作りなの。わたしの国の人は外国の人から見ると、みんな若く見えるらしいわ」


 ちょっと腹が立ってきて、ヒースに更ににじり寄りながら訴えた。


「ちゃんと子どもの作り方も、夫婦がどうするかもわかってる。そういうのがわかんないような子どもじゃないんだからね」

「……わかった」


 ヒースが観念したように息を吐いた。


「本当にわかってる?」

「本当にわかってますよ。……大人なサリナは、この後どうしますか?」


 どうするって言われても。


「……ヒースだって童顔で若作りのくせに、大人の顔して、ずるい」


 でも、どうしよう。

 どうしていいかわからない。


 他にどうしようもなくて、ヒースの唇を追いかけてキスをした。

 わたしはただ重ねただけだったけど、ヒースの腕がわたしの頭を撫でて、それからぐるんと上下が入れ替わった。

 気が付くと、ヒースに押し倒されている。


「このまま大人の証拠を見せてもらいたいところだけど、その前に欠けた呪文を足しておかないといけませんね」

「あ……あれ」


 ヒースが上から見下ろして言う。


「あれって、なんの言葉で発動したの?」


 ヒースはくすりと笑って、首を振る。


「教えません」

「ひどい。せめて、どんな魔法が発動するのか教えてよ」

「どういう……うん」


 ヒースは指折り数えていく。


 転移の魔法が四つ。

 わたしがヒース目掛けて跳ぶもの二つと、わたしのところにヒースを呼び寄せるものが二つ。

 ただし間に転移を阻む障壁があると、そこまでしか移動できない。


 発動したらヒースにはわかるそうだから、発動して目の前に来なかったらヒースが必ず探してくれるそうだ。

 残りは障壁を出すものが二つ、そして使ってしまった遠話が一つ。


 遠話が一番、危機感の低いものだったらしい。

 それがあんな状況で発動したから、ヒースは本当に焦ったのだそう。


「使ってしまって、開いた場所を埋めないと」


 ヒースの唇の触れたところから魔力が流れ込んできて、わたしは蕩けていった。

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