表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
豊穣の女神は長生きしたい  作者: うすいかつら
第五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/66

第40話

「戻ってきたか」


 待ち伏せはいた。

 でも、困る相手ではなかった。


 もう暗くなった離宮の前へ三人いっしょに転移すると、玄関の扉の前にランタンを持ってギルバートが待っていた。


「もう戻らないんじゃないかとひやひやした」

「信用がないですね」


 ヒースが前に立って、ギルバートに歩み寄る。

 前にいるからヒースの表情は見えないけど、笑みを浮かべているんだろうと思った。

 声にそんな響きを感じた。


「荷物は運び入れてある。扉は応急処置だけさせたが、ちゃんと鍵が閉まらない。どうする? 他に移るか?」


 ギルバートは壊された扉を開けながら、離宮を使い続けるかと訊いてきた。


 何があったのかは知っているんだろうか。

 ギルバートが来た時に、エドウィン王子がまだいたのかが少し気になった。


「私かミルラが障壁で開かなくしておきますよ。禁止の陣ほどきちんとしてなくてもいいでしょう。出入りは裏口があるから、あちらを使いましょう。修理の工人の手配が済んだら教えてくください。……明日は、離宮にサリナとミルラを残すのは止めることにしました」

「わかった。連れ歩くのか?」


 わたしが通る時にちらりと見たら、壊れた扉は鍵のところに穴が開いていた。

 ここまで鍵が跡形もなく壊れていては、そりゃあ閉まらないだろう。


 ミルラが扉を閉めて、鍵のところに手を翳している。

 何やってるかさえいまだに半分もわからないけど、魔法って便利だなと思う。


 前を行く二人は、まだ歩きながら話している。


「今日みたいに慌てて戻ることになるより、ずっと安心ですから。どうせあの様子なら、明日には『アルド離宮にいる女性は女神だ』と知れ渡っているでしょう」


 え、女神だと知れ渡っちゃったら、まずいんじゃないの。

 わたしがエドウィン王子のところに連れていかれちゃう。


「触れ回るか?」

「触れ回らない理由がありません。読みを外しました」


 ヒースはさっきまでエドウィン王子の目的を知らなかった。

 だから、わたしの優先順位は高くないと思っていたんだよね。

 放って置かれると思ってた……のか。

 放っておかないなら、そりゃ触れ回るよね。

 ヒースの言う通りだ。

 言う通りだけど、それはまずい。


「ヒース」


 焦って、呼んだら、体半分でヒースは振り返った。


「心配しなくていいですよ」


 知られちゃったら、わたしは行かなくちゃいけないんじゃないの。


「いきなり正面切って問い質してくる者はいません。なにしろ、男の前に出られる女神はいないんですからね」


 そうか、女神がその辺をうろうろしているなんてありえないんだ。

 だから人目につくところにいれば、それだけで噂を否定できるわけか。


「私が君を連れ回せば、疑念を持ち続けるか、ただの噂と断じるかは人それぞれあるでしょうが、目の前に君がいて、訊く勇気のある者はそうそういないでしょう。この事実を公式のものにして、君を連れていきたい兄以外は」


 でもエドウィン王子は事実を明らかにしたい……


「兄も真実を把握はしていても、証拠を持っているわけじゃありません。吹聴はできても、私たちが認めなければ他の者を説得はできないんです。だから攫いに来たんでしょう」


 認めなければいいのか。


「ずっと私といれば、そう心配はないだろうけど。訊かれても、知らないふりをしてくださいね」


 わたしは頷いた。


「男に手が届くほどの近くまで近付かれないように気をつけて」

「わかった……」


 黙ってわたしたちの話を聞いてたギルバートも頷いた。


「俺も置いて行かれるのはもう勘弁だ」

「今日はすみませんでした」


 そうか、ヒースは戻ってきたけど、いっしょに出て行ったギルバートは置き去りだったんだ。

 用があって出て行ったんだろうから、フォローは大変だっただろうと思う……





 中まではギルバートに運ばれていた荷物の荷解きは、簡単に済ませた。

 四人で。


 この中に、二人ばかり本当はそういうことには縁がないはずの人がいる。

 王子様とその従兄の公爵子息だ。

 でも王子様は間違いなく誰より働き者だった。

 公爵子息のギルバートとミルラも、てきぱきと荷物を片付けていた。


 ……なので、一番役に立たなかったのはやっぱりわたしだ。

 手枷さえなかったら、もう少しは……!

 と思いたい。


 荷物を片付けると、ギルバートとヒースは明日の話をしていた。

 わたしとミルラはお風呂の支度をしに、浴室に向かった。


 びっくりなことに、お風呂場には蛇口があった。

 地球式カントリー風なのは外見からわかっていたけど、まさかの蛇口。

 上水道があるとは。


「すごい、王宮って、水道もあるのね」


 捻ってみたら、ちゃんと水も出た。

 でもミルラまでびっくりしていて、何かおかしいと気付く。


「はー、これ『水道』って言うんですか?」

「知らないの?」

「知らないです」

「えっ。ここにしかない……の?」

「そうですね、多分ここ、特別だと思います。わざわざ井戸の上に建てたんですね。そこから水を魔導具で汲み上げてるんです」

「この蛇口、魔法なの?」

「蛇口? ですか? これ自体は、栓にただ蓋をしたり開けたりしてるだけですね。この栓の奥に水を汲み上げ続ける魔導具が仕込んであります」


 ミルラは蛇口を覗き込むようなことをして、魔力が奥にあることを探し当てたらしい。

 そして水道のような顔をした蛇口は、本当は水道ではなくて、井戸水を汲み上げているのだとわかった。


「よそにはないの?」

「あんまり王宮の奥にはご縁がなかったもんで、よくわかりません。普段いる兵団の詰所とか、魔法使いの塔にはなかったですね……これがサリナ様の故郷のものに似てるなら、模して作ったんじゃないですか」


 このカントリー風の家と同じように、かつての女神が故郷のように見える環境で安らかに過ごせるように、か。

 そう思うと納得はできた。


 どぽどぽと水が出てくるのを眺めながら、わたしはまた別のことを考えてた。


「ミルラも魔法使いの塔にいたの?」


 ヒースといっしょにいた塔にいたのかと思って、訊いてみたら。


「戦いに出てなければ、半分は王宮の塔にいますよ」

「王宮の塔?」

「この国、魔法使いは塔に住むっていうしきたりなんです。魔力のある子どもが見つかったら、どこかの塔に住む魔法使いに弟子入りするか、王宮の魔法使いの塔に住まわされます」


 魔力を持ちながら制御できないのは危険なので、制御ができるようになるまでは地方の塔に住む魔法使いに弟子入りか、王宮の塔で学ぶか二択らしい。


「で、王宮の塔に入って成長したら兵団か騎士団に入ります。出て行くこともできますけど、ほとんどは塔に残って従軍しながら魔法の研究を続けます。説明が難しいんですけど、塔で育っちゃうと出られるようになっても他の場所に馴染めないんです。結婚するか、五年勤めたら、やめてもいいんですけど」


 王宮の塔に入ったら、ある程度になると徴兵されて、違反金を払わない限り拒否することはできない。

 学習期間と従軍期間を過ぎたら自由になれるそうだけれど。

 それを選ばない者も多いというのは、なぜなのか。


「あたし、男爵家の生まれなんですが……お嬢様教育を受けてないんで、いまさら社交界に出て嫁に行けって言われても困るんですよね。年齢的にもう嫁き遅れてますし」


 ああ、やっぱりミルラはいいとこのお嬢さんだったんだ。

 でも、お嬢様としての教育は受けてこなかったってことか。


「平民の生まれだと、普通に働くより兵団の方がお給料いいですからね。貴族の出身で長子だと戻んなきゃなんないって聞きますけど、そうでなかったら残る人多いですね。ちょうど戦争してなければ、そんなに危なくないですし」


 話してるうちに、お風呂はだいぶお水が貯まってきた。


「これ、沸かすのどうするの?」

「普通は沸かしたお湯を足すか、焼いた石を入れます。でも、今はあたしが沸かしちゃいますね。石焼くの面倒だし」


 お湯、直接沸かせるのか。

 ヒースは火を点けて沸かしてたけど、なんかこだわりがあるのかしら……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ