第3話
「ねえ、異世界から来た人の多くが助からなかったんだとしても、少しは助かった人がいるのよね?」
「本当に降臨された場所の運がよく、または救出が早く、無事にとは言えずとも助かった女神様もいらっしゃいます」
「男の人は? 多分……襲われないでしょう?」
「異界から男性がいらした例は確認されていません」
「え」
なんだと……!
たくさんトリップしてくるくせに女だけなの!?
「この世界の神様って男?」
「は……? いえ、神殿にて崇められている最高神は女神様ですが」
本当か、と疑いの眼差しを向けてしまう。
ちょっと危険な趣味の男の神様じゃないのか。
異世界から来たら高確率でヤり殺されるとか、そんな危ない設定なかなかないわ。
いや、最高神って言ったから、この世界は複数神様がいるのかも。
それだと危ない神様が一人混ざっていても……
「どうされました?」
「あ、ううん、ちょっとぼうっとしちゃったみたい」
神様に難癖つけても仕方ない。
じゃあ、次は。
「あの、わたしの服って、なかった?」
もしかして生体しか異世界に来れないとかだと、最初から全裸だった可能性もあるって気が付いたので、控えめに訊いてみることにした。
「濡れて汚れていましたので、洗って、今乾かしております。勝手にサリナの肌に触れたことをお詫びいたします。服はじきに乾くかと思いますが、あの服でないと困りますか?」
「ううん、ありがとう。汚れてたの洗ってくれたのね。拘ってるわけじゃないの。代わりの服があるなら借りたい」
「先年に亡くなった私の師匠の遺した古着ですが、お許しいただけますか」
「形見なの? わたしが着てもいいのなら」
「師匠も拘る方ではありませんでした。では、お持ちしますね」
ヒースはすっと立ち上がり、部屋を出ていった。
立ち居振る舞いが綺麗で、更に天使感が溢れてる。
本当に人間かな、と思うのは失礼なことだろうか。
ふう、と息を吐いた。
とにかく、もうここは日本じゃない。
先行きに不安はあるけれど、異世界転移に気が付く間もなくヤリ殺される運命と隣り合わせだったと思えば、かなり幸運だ。
この後、どうなるのかな……と思いながら、ヒースが戻るのを待った。
ヒースが持ってきた簡単なワンピースを着て、紐でウエストを絞るショートパンツっぽい下着も借りた。
下着を借りるのってどうなんだろうと思ったけど、ここではもう自分のものは着ていた服しかないんだから借りるしかないと割り切って穿いた。
もちろんヒースには席を外してもらって、着替えは自分でした。
いくら天使様でも、生物学上男性に着替えを手伝ってもらえないもの。
ワンピースもパンツも単純だったので、一人で着るのに問題はなかった。
ブラをつけていたことを知っているヒースに、
「コルセットはないのですが」
と謝られた時にはどういう返事をしたものかって気になったけど……
いや、小さいのでつけなくても垂れませんって言えないじゃない……
だからただ「気にしないで」とだけ言っておいた。
この世界、コルセットがあるのね。
身分の高いご令嬢だけでなくて、普通の人でもつけるんだろうか。
とりあえず、それでやっとベッドから出られるようになった。
「サリナ、空腹ではありませんか?」
「……うん、ちょっと」
あの、落ちた時からどのくらい経ったんだろう。
一晩は経ったんだろうか。
言われてみれば、空腹を感じた。
「スープがあります。私の作ったものなので、大したものではありませんが、飢えを満たすには足りるかと」
「ありがとう……でも、いただいちゃっていいの?」
「もちろんです」
手を引かれるようにして部屋を出ると、部屋よりは小さな半円状のフロアだった。
ここは丸い建物のようだ。
壁沿いに上に登る階段と下に降りる階段が付いている。
その階段を、手を引かれながら下に降りた。
一階分ほど降りると、もっと人の生活する空間のようになった。
台所っぽい場所があって、その横にここで食事をするんだろうなっていうテーブルがある部屋があった。
一階の部屋には扉はなくて、のれんのような布が目隠しで垂れている。
台所と思われる場所の横にテーブルがあって、そこの椅子に腰を落ち着けた。
「どうぞ」
多分ちょっと前まで温めていたんだろうと思う、熱くはないけど温かいスープが前に出される。
スプーンは木製で、わたしの知るスプーンよりも少し大きかった。
「いただきます」
しんなりした刻まれた葉野菜と、豆と刻んだベーコンっぽいものが入ったスープは優しい味でお腹を満たした。
黙って食べきって、顔を上げると、ヒースは優しく微笑んで見つめていた。
「……ごちそうさま。あの」
「はい」
ここで話の続きをすべきなのか。
まだ聞くべきことはたくさんある。
「訊きたいことはたくさんあるんだけど……」
「私に答えられることであれば、なんなりと」
「じゃあ、えっと、わたし、この後どうすればいいのかな。どこかに行くの? 一応前にも保護された人がいるんだよね?」
この世界で、ほとんどの異世界トリッパー女は保護される前に死ぬ。
でも「ほとんど」ってことは、生きて保護された者もいるってこと。
少数でも生きて、保護された例もあるんだと思う。
心は壊れてたかもしれないけど……その後は、死ぬような目には遭わなかった、んだよね?
放っておけばまた悲劇を繰り返すんだから、隔離施設みたいな形の女を保護する場所があるってことじゃない?
そう、異世界の女が犯されて死ぬに任せていたら、どんな能力があるかもはっきりわからないはずだ。
期待の眼差しを向けると、ヒースは椅子の上で居住まいを正した。
「はい。女神様のお力はとても偉大で、強大です。それはわかっているので、可能な限りどの国も保護しようとします。国によって保護の方法に差異はありますが、多くは神殿か王宮のどちらか、あるいは両方です。ただ……」
そこで、ヒースは瞳を伏せた。
碧の目が曇る。
雲行きが怪しくなって、わたしも毛布を握る手に力が入った。
「女神様は、落ちてきた場所から国を跨ぐことはできません。女神様の奪い合いになるのを防ぐために、各国の間に協定があるのです。ですので、サリナは、グランディル王国以外の国に保護されることはできません。そしてグランディルで女神を保護するのは神殿か、王か王太子の後宮となります」
「神殿か、後宮」
後宮って、あれだよね。王様の奥さんたちのいるところ。
王太子は次の王様だよね。
……どっちにしろ、王様のおめかけさんになるってことか。
王様以外の男に会わなくてすむなら安全かもしれないけど、好きでもない男の人とイロイロするのは嫌だ。
じゃあ、もう一つの選択肢の神殿に行くのがいいのかしら。
「ねえ、神殿に行ったらどうなるの?」
「神殿は……」
やっぱりヒースの瞳の色は変わらない。
神殿もアレなのか……