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豊穣の女神は長生きしたい  作者: うすいかつら
第五章

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第33話

 アルド離宮はいくつもの宮殿で構成されている王宮から、少し離れて建っていた。

 後宮の外れと言われているように、最も近いのが後宮のいくつかの宮殿だった。


 離宮って言うと普通は王宮の敷地外にあるものらしいけれど、これは内側にあるけどあるとされていない……という、不思議な離宮らしい。


 わたしが人目にさらされたのは、王宮の馬車止まりで乗ってきた馬車から降りて、宮殿内を移動するための小さな馬車に乗り換えた時だけだ。

 だけど、それだけで十分だった。

 ああ、いや、わたしが異世界の女で、ここでは女神と呼ばれる者だということは、きっと誰も気が付いてない。

 だって、誰も近付いてこなかったからだ。


 まずミルラが馬車を降り、次にヒースが降りて、馬車そのものがこれで二回目の体験という乗るのも降りるのもよたよたなわたしが最後だった。

 ヒースがほとんど抱くようにして降ろしてくれた。


 で、周りはと言えば、ヒースが馬車から降りた時、ざわっとざわめいた。

 ここがどういう場所だかっていうのはあまりよくわかってないというか、普段どうなのかっていうことは、わたしは知らないのだけど、野次馬がたくさんいるなってことは感じた。

 ざわめいたのはその野次馬だ。

 ヒースが帰ってくると知っていたんだろうと思う。

 そして本当に帰ってくるのかと、待っていたのだろう。


 一方で、野次馬を散らしてる騎士のような人もいた。

 森で見たギルバートの部下のような姿の人だ。

 と思ったら、本当にギルバートの部下だったらしい。

 それがわかったのは、後でのことだけれど。

 ヒースが馬車を降りた時、近付こうとした人もいたようだった。

 でもその騎士たちに阻まれていたらしい。


 で、その後、わたしが降りた。

 そうしたら、周りの野次馬は、どよっとどよめいた。


 ざわめきとどよめき。

 この差のニュアンスを、感じ取ってもらえるだろうか……


 誰も近寄ってはこなかった。

 そう、わたしは実はこの時にはまだ知らなかったんだけど。

 わたしの手にある手枷は、この国において単純に罪人ということでなく、本当に凶悪な重罪人にかけられるものだったらしい。

 よくよく考えれば、そりゃそうだろうという話だ。

 軽犯罪者にいちいち魔法の枷なんてかける必要ないよね。


 そんなに数を作れるものでもない。

 あれだけ魔法の得意そうなヒースにも、そうそうは作れないというのだから。

 だからわざわざ、この魔法の得意なミルラの作ったものを取りに行かせたわけで。

 一つの環で逃亡を禁じ、もう一つの環で魔法や剣技などの攻撃や抵抗の能力を禁じる。

 そこまでを必要とする、危険な凶悪犯に使うもの――


 が、手にかけられている女って、どう思いますか。


 思えばギルバートの部下の騎士たちも、動揺してたよね。

 でもあれは、わたしの事情を知った上で、ヒースによって理由があってかけられたものだとわかっていた。

 そしてそれでも動揺するような手枷だった、とも言える。


 事情を知らなければ、そりゃあその手枷をつけたわたしは超危険人物ですよね……!


 なので、どよっ、だったのだと思う。

 誰も近付く勇気を持てなかったのだと思う。

 女神の力で迷惑をかけたくないし、近付いてこないのは、ありがたい。

 本当にありがたいんだけど。


 ……ヒースは大丈夫なんだろうか。

 重罪人を嫁にしたとか思われて、平気なの!?


 そう訊くには、まだ至っていない。

 ギルバートが馬車止まりで待ち構えていたからだ。

 わたしとヒースとミルラが乗ってきた公爵家の馬車から降りたら、次の馬車に乗るように急かし、乗せるとギルバート自ら御者として馬車を走らせた。


 時間にすると、馬車を降りていた時間は二分かそこら。

 そしてわたしたちは、ギルバートの走らせる馬車に乗ってアルド離宮という名の宮殿と言うにはこぢんまりした建物に着いた。


「アルド離宮は、先代の王の時代に後宮に保護された女神のために建てられたものです」

 鍵はギルバートが持っていて、それで扉を開けながら言った。


 ヒースも、多分ミルラも知っている話だろうから、少し離れて後ろにいるわたしに向けての説明だと思う。


「そうなの?」

「……女神の多くは人を怖がります。その時の女神は、女性との接触も疎んだのです。だから後宮の中でも、中央からは離すことになったのですね」


 聞き返せば、今度は隣にいたヒースが答えてくれた。

 それで、こんな外れにぽつねんと建てられたということか。


 アルド離宮は、ちょっと大きな普通の家という風情だった。

 しかもこの国の、言うなればファンタジーの雰囲気ではない。

 アメリカのカントリーハウス風に近い、二階建ての素朴な雰囲気がある建物だった。


 馬車を降りてその全貌を見た瞬間に、不思議に思うような顔をしていたのを見つけられたのかもしれない。

 言われてみれば、ここに住んだ人の願いを反映したのだろうなと思う。


「古いけど、整備はされているから、住むのに困ることはないでしょう」


 一階には台所、食堂、リビング、応接室、書斎、トイレとバスルーム。

 二階には私室と客室、寝室として使える部屋がいくつか。

 使用人も護衛も、世話をする人のすべてを拒絶したそうで、ここにはやっぱりわたしとヒースとミルラだけで住むようだった。


 今は荷物はミルラの持っていた手荷物分だけ。

 馬車止まりで降りた馬車には荷物を積んでいたけれど、それは後で離宮の前まで運ばれてくる手はずになっている。

 荷物が来たら、三人で室内に運び込む約束だ。


 三人以外では、ギルバートしかこの家には入れない。


「私はギルバートと行かなくてはならないけれど、誰かが来ても中に入れては駄目ですからね」

「わかってる」


 ヒースの言葉に、わたしは頷いた。


「ミルラ、頼むぞ。撃退しようと思わなくていい。俺たちが来るまで、時間を稼いでくれれば十分だ」

「了解です」


 ミルラにはギルバートが指示している。

 そうして、ヒースとギルバートは小さな離宮を出て行った。


 いつもみたいに跳んでいくかと思ったら、普通に馬車で本宮に出かけていった。

 なんでも、王宮内には転移を阻害する壁があちこちに仕掛けられているらしい。

 王宮の中では本当に緊急の時でなければ転移は禁じられているのだそう。


 広いのに大変だなあ。


 残されたわたしたちは、ひとまずは一休みと食堂の椅子に腰を降ろした。

 少しゆっくりできると思っていた。

 ……まさか、そんなすぐに招かれざる客人が来るとは思わなくて。

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