第30話
ものすごく今更な事実と未来予測に愕然としたまま、ヒースに連れられて本日お借りする部屋に着いた。
そこまでけっこう遠かったというのが、改めてこのお屋敷の広さを実感させた。
いいお家なんだ。
入った部屋には、わたしの生きてきた世界では見ることがないだろうなっていう大きさのベッドに天蓋がついたものが鎮座していた。
天蓋から垂れた薄布のカーテンは、ベッドの四隅の柱に寄せられて括って留められていた。
それは一人で寝るには大きすぎると思った。
「……もしかして、いっしょの部屋?」
隣のヒースを見上げた。
「夫婦ですからね」
ヒースが見下ろしてくる。
さっき本音と建前なら建前っぽかった『夫婦』が、今は事実になっている気がする。
……ベッドの上では事実だから?
もう一度、ベッドを見た。
大きい。
これをベッドメイキングするのは大変そうだ。
汚れたシーツを洗うのは、一人ではできないかもしれない。
自然と眉根が寄るのを感じた。
これを汚したら、きっと後始末はこのお屋敷の使用人に任せなくてはならない。
自分で洗うことは許されないだろう。
「……ヒース」
「何?」
「今日は……」
ずばり言うのはためらわれて、そこで止まる。
「なんですか?」
……そう聞き返されて、本当にヒースはわかってないのかと疑問に思う。
さっきいっしょの部屋なのは夫婦だからって言っていたのだから、わかっているはずだ。
「今日は、しないからね」
服を見ることはまだできなかったし、顔を見てもこれは言いにくい。
だから顔を背けて、明後日の方向を見ながら言った。
だけど、笑う気配と共に返ってきた返事に愕然とする。
「何を?」
……それを言わせる気か!
思わず振り返って、ヒースを睨みつける。
からかって恥ずかしいこと言わせようってったって、そうはいかないんだからね!
「わかってるくせにっ」
ヒースはふふっと楽しげに笑って、少しも悪いと思ってなさそうな顔で「すみません」と言った。
「でも、サリナのお願いはきけないんです」
なんですって。
「何言ってるのよ、ここは他人様のお屋敷なのよ? それに洗わせてくれたとしても、あんな大っきなベッドのシーツ、わたし洗えないわ」
切実な問題を訴えたはずなのに、今まで見たことがないくらいにヒースに笑われた……
最初はクッと我慢してたのに、耐えられないと言いたげに、体を捩って笑い出した。
「なんで笑うのよっ!」
「すみません……まさか、洗濯の心配をしているとは思わなくて」
するわよ。
恥ずかしいじゃないの!
「洗濯はこの屋敷の使用人がしますよ」
やっと笑いが治まったヒースは、全然安心できないことを言った。
いや、わかってはいたわよ。
わたしに洗わせてくれないってことくらい。
「だから嫌なんじゃないの!」
「それは諦めてください、サリナ。アルトゥル叔父上……この屋敷の主人も、私を担ぐのに、やっぱり証拠はほしいでしょうから」
「証拠?」
なんの?
でもヒースはそれ以上は答えてくれないようで、部屋の奥を見た。
「ほら、ミルラが待っていますよ」
「え、ミルラもいるの?」
ヒースが見た方を見ると、奥にある扉のところで扉を少しだけ開けて、ミルラがこっちの様子を窺っている。
まだ侍女の格好のままだ。
「行ってらっしゃい。それでドレスを脱がしてもらって着替えていらっしゃい。付け焼き刃の侍女だから、ドレスの脱ぎ着の練習をしているんだと聞いてますよ」
「うん」
ヒースに背中を押されて、ミルラの方へ行く。
「サリナ様」
「着替えてこいって言われたんだけど」
はい、とミルラは頷いた。
「サリナ様を着替えさせたら、あたしの今日の仕事はおしまいです。さ、こっちきてください」
ミルラに手を引かれて、隣の部屋に入る。
そっちは居間だった。
「まず脱がしちゃいますね」
そう言うと、ミルラはドレスを脱がし始めた。
次にコルセットを緩め、外してくれる。
それから……
用意していたらしい寝間着を私にあてがった。
「すごいひらひらですね」
ひらひらよりも注目すべきところがあるだろう。
「これはひらひらじゃなくて、スケスケって言うのよ」
寝間着は、足首は出るかなって丈だった。
でも元々スケスケだから、丈が長かろうと着てるのか着てないのかわからないのは変わらない。
「他にないの?」
「ないです。ほら、手枷があるから、デザインに制限があるんですよ」
確かに用意されていた寝間着は肩紐を結ぶタイプで、袖は通さなくていいデザインだった。
「奥様も、これでないとって。我慢して、これ着て、殿下にその気になってもらってください」
……なんだそれ。
怪しいことを言うミルラを見つめる。
「あたし、これ終わったら今日の仕事終わりなので。本当は隣の部屋から覗けって言われてたんですけど」
覗けって、何を……
ああ、うん、ナニですね……
「ヒースクリフ殿下が証拠をくださるって言うから、デバガメは許して貰えたんです。一応これでも嫁入り前の乙女なので」
やっぱり、やっぱりなのか。
証拠っていうのは……
シーツなのか!
「ささ、行ってきてください」
「まっ待って! なんか羽織るものないの」
こんなスケスケ、裸と変わらないわ。
「え、着るんですか?」
「着るわよ。このままだと痴女まっしぐらじゃないの」
ミルラは少し首を捻ったあと、ガウンを持ってきて着せてくれた。
それでひらひらのスケスケを隠すと、やっと気持ちが落ち着いて、隣の寝室にいるヒースのところに戻ろうと決心することができた。




