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豊穣の女神は長生きしたい  作者: うすいかつら
第三章

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第21話

「今なら、逃げられます」


 塔に戻ってきて開口一番、笑顔でヒースはそう言った。

 王子様全開の笑顔だ……わかっててやってるのは間違いない。


「だめ」


 聞いちゃったもの、うんとは言えないよ。


「そうですか」


 ヒースはまだ笑みを浮かべているけれど、さっきの王子様笑顔とは違う。


 もしここで逃げたとして、ヒースはこの国に戻らなかったらすごく後悔するだろう。

 いや、きっと戻ってくると思う。

 わたしを安全な国まで逃がして、ここに戻って――やっぱり辛い思いをするんだろう。


 たとえわたしのことを隠し果せて罰を受けなかったとしても、ほら、軽くヤンデレの素質のある人だから。

 そう思うと、とてもうんとは言えない。


 今なら逃げられるというのは、私たちを閉じ込めてた壁の魔法が解かれたから。

 最終的に折り合いのついたヒースが出した条件の中には王宮の魔法使いたちが作るある道具を持ってきてほしいというのがあって、それを取って来ることができるのが壁を作ってたミルラだけだった。

 だから、壁の魔法を解かざるを得なかった。


 ギルバートは壁を崩したらヒースが逃げるんじゃないかと当然ながら難色を示したけれど、他に方法がなくて渋々了承した。

 そんなところを見たのも、もう逃げる気が失せてしまった理由の一つだ。

 これで逃げたら、あまりに騙し討ちだ。


「サリナ」

「何?」

「君に何も聞かずに決めてしまった」

「いいよ。後宮に行っても、ヒースのそばにいていいんでしょ?」


 他の誰のものにもならなくていいのなら、場所はどうでもいい。


 ただ、そこにはやっぱり他の人がいて、困ったことになるのかもしれない。

 わたしも困るし、理性ぶっ飛んじゃう人も困るよね……


 ああ、さっきの人、大丈夫かな。

 近寄れなかったから、無事を確かめることもできなかった。

 でも初めて「ぶっ飛んだ」人を見ることになって、それが本当に怖いことだと思い知った。

 本当に正気じゃないって、はっきりわかった。


 それだけは、心配だ。


「ねえ、ヒース、後宮って男の人いないんだよね?」


 他に男がいないんなら、それでヒースといっしょにいていいんなら、大丈夫だと思う。


「……普段は、まったくいないわけではないんです」

「そうなのっ!?」


 それは話が違うんじゃ、と目を剥いた。


「護衛の騎士は、女騎士だけでは賄えないから。でも女神のそばに男を配置するようなことはしませんよ。私と共にだと、後宮の端の離宮あたりを使うことになるでしょうね」


 それほど心配は要らない、とヒースは首を振る。


「あと、ミルラがちゃんと持って戻ってくれば、道中も王宮でごちゃごちゃしてもだいぶ安全になるはずです。本当は転移で城の中まで一気に跳んでしまえればいいんですが、正門から入らないといろいろと面倒臭いことがありまして」


 魔法は誰でもなんでもできるというわけではないらしい。

 ヒースは転移の魔法が得意だけどミルラは苦手だそうで、ミルラが一人でお城に行くのに行きはヒースが王宮の前まで飛ばして戻した。


 それで道具を持って塔まで戻ってくるのに半日強かかると言う。

 だから今日の陽が暮れる頃には戻ってくる……はず。


「さて……ミルラが戻ってくるまで、だいぶ時間があります」


 そう、だから、塔に戻ってきた。


 ちなみにギルバートたちは、塔の外にいる。

 玄関がちゃんと閉まっていれば、遮るものがあれば、女神と距離が近くても大丈夫らしい。

 まさにフェロモンなんだな、と思う。


「その間にしたいことがあるんですが、いいでしょうか?」


 ヒースはわたしの髪を撫でながら言った。


 したいこと?


「何?」

「じっとしていてください、サリナ」


 ヒースの顔が近付いてくる。

 唇に温かいものが触れて、唇の上で少し動いた。


 なんだかいつもと違ってて不思議な感じだったけど、キスを拒む理由はなくて、わたしは目を閉じた。

 ヒースの指は猫にするように顎を撫でてから、鎖骨へ落ちていって……


 ……鎖骨?


 唇が離された後、慌てて下を向いた。

 …………服がない。


 ヒースはわたしの耳元で、こそばゆい小さな声で何か囁いている。

 何か、歌っているのか。


 いやでも、わたしは裸だっ。

 魔法で服全部飛ばされた――!


「ちょっとヒース!」


 なんで脱がされてるの!

 ここ、玄関!

 玄関だよ!!


「や、やだ、ねえ、ちょっと……!」


 ヒースの唇は耳元から胸の方へ降りていく。

 やっぱり何か歌っていて、肌に響く声ならぬ声がわたしを追い立てる。


 ヒースが口ずさむのは、風とか光とか、そんな歌詞のようだけど、意味はとれなかった。


「やだ、くすぐった……! 何、歌ってるの」


 ヒースは屈んで肌の上で歌いながら、わたしを見た。

 ヒースの上目遣いが、わたしの心臓を掴む。


「サリナ、もしかして聞き取れるんですか?」

「……何? 歌?」


「詠唱です」


 今の、魔法なの?


「よく、わかんない。単語は聞こえるけど、文章が意味ある感じに聞こえないし。なんか歌詞みたいな気はする」

「そういえば、サリナの前では無詠唱ばかりでしたね……」

「それよりもね!」

「なんですか? サリナ」

「ここ、玄関!」


 なんでわたし、玄関で素っ裸にされてるのよ。


「ああ……ベッドがいい?」


 ……いや、真っ昼間なので、ここで「ベッドがいい」って言うのも躊躇われるんですが。

 でも、玄関先と二択だったら。


「……ベッドがいい……」

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