第20話
現在地は、今まだ森の中。
剣は収めて、攻撃魔法もなしで、さっきより見た目の上ではやや穏やかなムードで対話中。
わたしはみんなの頭上、大樹の枝の上に座っている。
うっかりギルバートの部下がわたしに近付いてしまうのを防ぐためだ。
一人離れるわけにもいかないし、ヒースとギルバートはまだ最後まで折り合いついてないので話を止められないしで、苦肉の策だった。
自力で登ったんじゃなくて、ヒースが転移で飛ばしてくれた。
そして諦めた方が負けの戦いは、ヒースが剣を突きつけられてた第二ラウンドを終了し、第三ラウンドに入った。
事実上の勝負は、ついている気がする。
でも、最後の折り合いがつかない。
灰色ローブのミルラは、まだ逃亡阻止のための壁を維持していて、わたしはもちろんヒースもその範囲から逃げ出すことはできない。
ギルバートにヒースを逃がす気がないことは、わたしでもわかると思った。
この国のために覚悟を決めているのだと。
だから王宮を出て森で暮らしていた王子様を連れ戻すのに、説得できるまでの間に魔法で逃げられないように囲い込むなんてことまでしたんだろうと。
そしてギルバートが絶望したような顔をしてた理由は、やっぱりわたしだ。
ギルバートはヒースといっしょに暮らしてる女は、ヒースの奥さんだろうと思ったわけだけど、その素姓はただ外国から来た流れ者なんだと思ったらしい。
異世界からきた女だと思わないのは、ある意味当然なんだろう。
所構わず落ちてきて可哀想なことになるっていう豊穣の女神が、今回はごくごく稀にいる大丈夫な男性に、しかも隠遁してる王子様に拾われたとか、どういう幸運だって話だ。
……今更だけど、やっぱり最初のソレで運使い切ってる気がしなくもない。
まあ、幸運談義は今は横においておくとして。
ヒースは最初に聞いた通り、女性にその気にならない人だったということだ。
その、反応しないんだそうだ。
わたしは女で、その深刻さってよくわからないが、ヒースは数年前まではこの国の王太子だったんだそう。
子どもが作れないっていうのは、王位を継げなくなるほどの重大な疾患だった。
思春期を過ぎて大人になれば治るんじゃないかって、ごく近しい人を除いてけっこう長いこと隠していたらしい。
結局、ヒースは自分が子どもを作れないことを自ら告白して、廃嫡という形で王宮を去った。
そして次の王太子が立った。
この国の王位継承権を持つ人たちの悲劇は、そこから始まった……という。
新しい王太子は、自分を脅かすかもしれない王位継承権を持つ者たちを次々と殺していった。
ギルバートは次は自分かってところまで来て、もう後ろには誰もいないってことになって、そのタイミングで森に隠遁してしまった結婚できないはずの王子が嫁と暮らしてるという話を聞いた。
そこで、別の覚悟を決めたそうだ。
ヒースを連れ戻して、今の王太子をどうにかしようと。
嫁がいるなら王位を継いだっていいだろうと思ったわけだ。
その嫁が普通の女じゃないとは思わなかったわけだ……
普通の女だったら、ヒースが本当に治ったってわけで、今の嫁であるわたしじゃなくてもいいもんね。
政略結婚とかもありだもんね。
わたしたちの気持ちを優先して添い遂げさせてくれるにしても、ひとまず引き離して隠しておくとかできるもんね。
ここまでが決着つかない話し合いを、その頭上から聞いていて知れた話。
最後の刺々しい感想は、わたしの主観だけど。
もう一度言うけど、まだ決着といかないのはわたしのせいだ。
話を整理してみよう。
ギルバートはヒースに戻ってきてもらって、王位を継いでもらいたい。
そのためには今の王太子を廃さないといけない。
そしてヒースが王太子に戻るためには、もう廃嫡になった理由がなくなったことを証明しなくてはならない。
そのためには嫁が必要。
だけど、その嫁はわたしだ。
わたしは異世界から来た女で、この世界では豊穣の女神と同一視されている存在だ。
その存在が明らかになった時には、後宮か神殿の二択で行き先を選ばなくちゃならない。
わたしは神殿には行きたくない。
幸い昔の人が暴露本を出してくれたおかげで、ヒースの相手になる予定のわたしを神殿に送るのはまずいってギルバートも知っていた。
しかしだからと言って後宮に行ったら、多分王太子の嫁になる。
そして現在の王太子のエドウィンは、これからどうにかしようって相手なわけですよ……
もちろんエドウィンの後宮に入ったら、普通に夜伽があるだろう。
何よりヒースの弱点になる者を一時的にでも敵に引き渡すとか、ありえない。
うん、紛糾するよね……
「神殿も後宮も駄目です」
ヒースは一貫して、そう言っている。
それがギルバートの思惑に乗る条件だと。
ギルバートもその意味はわかってる。
でも、他にわたしを隠しておける場所が難しい。
世の中、半分は男性だもんね。
「陛下の後宮であれば、ただいるだけで済むだろう。それで」
「駄目です。兄上は知っていると言ったでしょう」
ギルバートの案は、病気で寝込んでるヒースのお父さんの後宮に入れるように手を打つってこと。
病気で動けないから、おつとめはないだろうってこと。
だけど、王太子エドウィンはわたしがヒースといっしょに暮らしてたことを知っている。
王太子の立場から横槍が入ったら、止められないだろうとヒースは言う。
町中のどこかに隠した場合、発見イコールわたしの死亡って可能性をけっこうなパーセントで残すことになる……というのは、二人とも言わないけど、わかってるみたいだった。
「私の妻として連れていきます」
ヒースは、どこに行くにしても自分の元から手放さないという主張だ。
王宮に行くのなら、結局いる場所自体は後宮なんだけど、王のものでも王太子のものでもない、という立場。
それは二択のルールを破ることになる。
これにも横槍は入るだろうが、実力で排除するとヒースは言い切った。
お父さんの後宮じゃそれができないから駄目なんだそう。
で、折り合いがつかない。
わたしは木の上から口を挟むこともできずに、眺めてる。
ルール違反がどれだけ重い罪なのかがわからないので、何も言えない。
ヒースはほら、自分が死刑になるようなことを黙って実行しようとするってわかっちゃったから。
「……わかった」
結局、折れたのはギルバートだった。
ヒースが王位を継ぐのが重要で、それ以外でどうにかなることは折れるしかないと思ったのか。
「だがそれは、王宮に乗り込んだ時点でもう宣戦布告と同じだからな」
「私が戻るのなら、何をしたって同じことですよ」
……どうにかなることなのかなあ……




