第19話
「少し前から刺客が女ばかりになったので、気が付いていますよ……兄上は」
「本当か」
「男だと、よほどの者でなければ、近付けば理性が吹っ飛んで役に立たないですからね。逃がした者を出したのは失敗でした」
「ふーん……」
わたしが全然違うことに不安や羞恥を感じてる間にも、二人の会話は続いていた。
わたしは耳半分にはなっていたけど、怪しい単語と、聞いたことのない話に、また気を引かれた。
しかく?
女ばかり?
……塔に来た客は、昨日とだいぶ前の二人だけだ。
昨日の客はこの人たちだと思ったけど、違うんだろうか。
「つまり、理性が吹っ飛ぶ距離まで女神に近付かなけりゃ、おまえを仕留めることができない状況だったわけだ。おまえが起きてる時に仕掛けるのは無謀だから、そりゃ寝込みを襲う夜討ちになるのはわかるけどな」
「…………」
…………
夜の話は、プライベートだと思うんだけど、どうでしょう……
いやいや、なんだろう、聞き捨てならないよね!
夜に訪問者があったということなのか。
わたしがヒースのベッドで、裸で寝てるような、そんな時間に!
知らなかったよ……
何を見られたんだろう……
わたしの知らない危険があったことは察したけど、それ以上に恥ずかしくて泣きそうなんだけど……!
「まあ……そういうことです。どうにかできるならしてください」
ヒースは冷笑を浮かべ、まだ剣を突きつけているギルバートを流し目で見遣る。
「だができないと認めるならば、私たちを行かせてほしい」
ギルバートはわたしを見て、しばらく迷っていたようだった。
やっと喉が動いたと思ったら、声が絞り出された。
「……駄目だ」
ヒースの目が細められる。
「それで私が従うとでも?」
「女神ならなおのこと、逃がすわけにはいかんだろがよ。この国で女神を連れて安穏といられる場所なぞ、おまえにあるわけがない。なら行き先は他国だ。女神が国境を越えることを認めたとバレれば、俺だろうがおまえだろうが縛り首だ」
ギルバートの言葉にぎくりとした。
その話は聞いていたことだ――女神は、落ちてきた場所の国境を越えられない。
だが、そんな厳罰が下されるものだとは知らなかった。
自分を逃がしたらヒースは死刑になる。
と、言われている。
「黙っていてくれれば、バレませんよ。兄上だって言わないでしょう。知っていて逃がしたと、罪に問われることぐらいはわかっているから。他に知る者がいたとして、口封じは勝手にやってくれますよ。女神がどこに落ちるか知る者はいないのです。幸い私は、関所を通らなくても国境を越えられますから」
「おまえな」
「百年、二百年という単位で『女神がどこに落ちてくるか』を察知する魔術は研究されていますが、まだ誰もその答を得られていません。それができるとなった魔法使いは、どれだけの高名を得られるかわからない。それこそ奪い合いで戦争が起こるでしょう」
「……まさかと思うが、おまえ、できるようになったのか?」
ギルバートの窺うような様子に、やはりヒースは冷笑した。
「まさか」
ヒースの即答に、ギルバートはやっぱり微妙な表情を浮かべた。
それが嘘か真実か、判断に困っている顔だ。
「どうにかする」
そして、何か苦いものを飲み込んだ顔で言った。
「どうやって」
「難しいことじゃない。おまえが戻ればいいだけだ」
「……私は一瞬であろうと、サリナを他の男に渡す気はないんです。戻れるかもわからないような、そんなことには賭けられません」
「戻れる」
何に、だろう。
そう、さっきから、会話の中でなんだかわざとボカされてるものがある気がする。
明言を避けている、そういうものが。
「戻れる」
ギルバートは苦しそうに首を振った。
「もう限界なんだ。王太子は殺しすぎた。誰だってわかるくらいのペースで死んでる。王位継承権者だけじゃないんだよ。その周りも巻き込んでるし、アダ姫もヘラルダ姫も他国に嫁ぐように婚約が決まってただろう。周辺国にも知られている。これ以上は、グランディルが続かなくなる。先のことよりも今なんだ」
地を這うような、血を吐くような、そんな声だった。
「先日コルネリア家が取り潰された。もう従兄弟も俺だけだ」
「……敵を産むのは、血だけではないのに」
「わからないのか、気にしないのか、どっちだろうな。どっちにしろ……グランディルに、狂王を戴くことはできない」
ボカされていても、もうわかる。
いや、もうボカす気はなくなったのかと思う。
口にするだけで罪に問われそうなことだから、遠回しにしていたんだと思う。
でも……
「グランディルを救ってください、ヒースクリフ殿下。世継を作れないっていう、貴方の廃嫡の理由はもうないでしょう。女神とは子を為せるのですから。今まで、たまたまその血を引く王が出たことがないだけです」
言葉遣いが変わるというのには、意味がある。
ギルバートの言葉が礼儀正しくなったのを聞いた時、ヒースは折れるかもしれないなって思った。
ヒースは、優しいから……




