第18話
「彼女だけだと言うのなら、それでもいい。この国の女じゃなくても、身分も過去も、どんな無茶でもどうにかしてやる!」
「どうにもならないこともあるんですよ」
金属音が邪魔をするから聞き取りにくいところもあるけど、概ね聞こえていた。
どっちも相手が諦めるのを待っている。
終わるんだろうか、この争いは。
でも、わたしたちは壁がある限り逃げられないわけで……彼らは連れていくつもりなわけで。
諦めたら、やっぱり終わるんだ。
いつになったら。
どのように。
ある意味均衡した力関係で、終わりの想像ができなかった。
わたしはその均衡に見入っていて……
気が付くのが遅れた。
回り込んで、横合いから、濃金の髪のギルバートの仲間の一人がわたしに近付いていたのに。
「お……おお……」
唸り声のようなものが聞こえて、はっと振り返った時にはもう三歩も歩けば手が届きそうだった。
「いやっ!」
目が血走っていた。
まともじゃないのは、はっきりわかった。
後退る。
「サリナっ!」
ヒースの声がして、男の手がわたしを掴む直前に、風が吹き抜けていって男の体全体が吹き飛ばされた。
……これも魔法?
心臓の音が大きすぎて考えられない。
助けを求めるつもりでヒースの方を見て、ぎくりと体が固まった。
さきほどまでの均衡が崩れて――
少し近付きわたしの方を振り返ったヒースの首元に、ギルバートの剣の切っ先があてがわれていた。
「悪いようにはしない。ヒースクリフ、戻ってくれ」
勝敗が決した。
頭に響くほど心臓の音が大きくなっていた。
この先どうなるのかわからない。
考えたくなかった。
だから逆に、逃避だったのかもしれない。
ヒースクリフ?
それはヒースの名前?
「……悪くにしかならないですよ」
「どうしてだ。だから、嫁さんが何者でも……」
「どうにかすると?」
「誓う」
「誓うのですね」
ヒースはギルバートの誓いを鼻で笑った。
「何をそんなに……」
ヒースの態度を訝しむように、彼は眉根を寄せる。
……そしてわたしをもう一度見て、気が付いたみたいだった。
「まさか」
少し呆然とした声。
「まさか……」
「世の中には、どうにもならないこともあるんですよ」
ヒースが冷ややかに言った。
「――けれど、サリナを他の誰にも譲る気はありません」
「女神なのか」
ああ、バレた。
この距離でもギルバートの呟きは聞こえてきた。
今は半分こっちを向いたヒースの表情は冷たく、苦々しかった。
わたしは吹き飛ばされた人が起きてこないことを願いながら様子を窺いつつ、ヒースの方も見るということで、あからさまにきょろきょろしていた。
まあ、しょうがないと思ってほしい……気になるものが右と左の逆の直線上にあるわけで。
ここに来て、ヒースの考えていた通りにすれば逃げ切れたのかもしれないと思う。
その、術士を殺せば……というやつ。
壁の魔法がなくなれば、ヒースはすぐには彼らが追いかけて来られないところに逃げ出したんだろう。
わたしを連れて。
多分、わたしが止めたのが邪魔して失敗したんだよね……
あとはわたしがさっきの人に近付かれちゃったから。
ヒース一人なら、もしかすると今の、あの位置からでも劣勢を逆転して逃げられるんじゃないかって気がする。
それをしないのは、わたしが殺すなと言ったからだとか、わたしを置いていかないためだとか、わたしを守るためで。
もちろん人殺しは肯定できない。
それは失敗してよかったと思う。
だけどこの一幕でも、ヒースに退っ引きならない事情があることは見て取れた。
ヒースが追われるのは自分だと言ったのを信じてなかったわけじゃないけど、今の流れで思い知った。
ヒースに剣を突きつけてるギルバートは、今わたしがこの世界で言うところの女神であると知ったっていう、なんとも言えない顔をしてるんだから。
彼らが逃げられないように閉じ込めようとしたのは、ヒースの方だ。
「嘘だろ……」
呟くそこには、軽く絶望が感じられる。
なんだろう、ここは絶望するところだろうか。
諦めたら負けの戦いに勝ったのは彼なのに。
わたしとヒースが絶望するなら、わかるのに。
わたしが異世界から来た女だとまずかったって、こと?
「本当に知らなかったんですか?」
ヒースは胡乱な視線をギルバートに向けた。
ギルバートは剣を動かさずに、器用に肩を竦める。
「おまえがちょっと前から嫁といっしょに暮らしてるってだけだ、聞いたのは」
嫁……
ちょ、ちょっとなんかめちゃくちゃ恥ずかしい……!




