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豊穣の女神は長生きしたい  作者: うすいかつら
第三章

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第16話

 夜までの間に、旅支度をした。

 そして少しだけ寄り添って眠った。


「本格的に寒い季節が来る前には、どこかに落ち着けているといいのですが」


 ヒースは厚手の生地のズボンに、今まで着てるところを見たことのなかった丈の長い上着を着て、その上にマントを着けるようだった。

 ちょっと早いけれど、冬を意識した装いだ。


 わたしがヒースに拾われた時には、まだ暑い日の方が多いくらいだったから、季節の移り変わりを感じる。

 もうじき冬が来るのか。


 ヒースは旅装束の腰に、剣を吊していた。

 昨日初めて見たそれは、ヒースの腰にあるのが不思議としっくりきた。

 似合っているというのだろうか、違和感がない。


 魔法を使っているところだって何度も見たし、ヒースが魔法使いであることは間違いないけれど、剣もまたヒースにとって身近な存在な気がした。


 ヒースが持ってきたわたしのための旅装束はやっぱり魔女のお下がりで、わたしの体には大きかった。

 やっぱり紐で縛れば、着られないことはないけれど。


「どこかで新しいものを買いましょう。それまでは我慢して、サリナ」

「うん……でも、わたし、人のいるところに行って平気?」


 それに、やっぱりヒースは首を横に振る。


「サリナにどこかに隠れていてもらって、私が買ってきます。ここにいるうちに、私がどこかに跳んで買ってくることも考えたけれど」


 そこでヒースは言葉を切った。


 跳んで、というのは、転移だろうか。

 得意だと言っていたから、いきなり遠いところに行くこともできるのかもしれない。


「見張られているかもしれないから、ここにサリナを置いて離れて、戻ってきたら連れて行かれた後だったなんてことは避けたいのです」


 わたしもそれを聞いて、頷いた。

 誰に見張られているのかわからないけど、ヒースがいない間に誰かがきて、無理矢理どこかへ……と思っただけでゾッとする。


 そしてヒースの言葉に、もうわたしを知る人がいるのかと思う。

 でもなぜ見張る必要があるのか。

 ヒースが邪魔をすると思っているのか。


 そこで、追われ者だと言ったヒースの言葉を思い出した。

 ヒースの方に、追われたり見張られたりする心当たりがあるのか。

 そんな風に思ったことはなかったから、どうしてだろうと疑問が湧く。


 薬を買いに来る人がいたけれど、そんな事情は普通の人は知らないんだろうか。

 訊くべきか訊かざるべきか迷ってヒースの顔を見たら、困った顔で見つめられた。


「……いずれ話します。少し長くなるかもしれないから、今は……」


 絶対に隠したいことでないなら、今はいいか、とそんな風に思って頷いた。


 外はまだ、夜明け前だ。


「こちらへ、サリナ」


 わたしを呼ぶヒースのそばに行く。

 持って行く荷物をまとめて詰めた鞄が、足元に置いてあった。


 鞄は一つだけだ。

 この世界に来た時に着ていたわたしの服は置いていく。

 これは逃避行だから、女神だって証拠は持って歩かない方がいい。


「ひとまず森を出ます」


 この森を出るのか。


 わたしのこの世界は、この塔とその周りだけだった。

 これから初めて見るだろう森の外に、ドキドキする。


「外に出れば、人に見られることはふせげません。だが人に会っても、遠くにいるならすぐには慌てないで。同じ部屋の中程度の距離まで近付かれなければ、理性が保つ者の方がおそらく多いでしょう」


 同じ部屋の中……どのくらいだろう。

 三メートル?

 大きい部屋だと五メートルくらいだろうか。


「気が付いてしまう者もいるでしょうが」


 でも、五メートルって話をする距離じゃないな。

 やっぱり近づけないのは同じだ。


 ヒースは床に置いていた鞄を取った。


「行きましょう」


 逆の手でわたしの手を握る。

 玄関へは向かわなかった。


 足元が、ぐにゃりと歪んだような気がした――そして。


 ぱん! と何かが何かにぶつかる軽い音がした。


 何かに弾き飛ばされるような感じがして、よろめく。

 何に弾き飛ばされたのかは、その瞬間にはさっぱりわからなかった。


 一瞬前には塔の一階にいたんだから、想像もつかない。

 でもヒースの腕に抱き止められて、目を開けた瞬間に何かが起こったことは察した。


 目を開けたら、多分森の中だった。

 いや、暗くて見えないから、土の匂いでそんな気がするだけだ。


 周りは暗い。

 時間は経っていない。


 ヒースの魔法で、転移した……?

 隣というには近すぎる位置で、わたしを包むように抱いてヒースがいる。


 事情がまるでわからなくて、ヒースの顔を見上げた。

 けして大柄ではないけれど、ヒースの方が背が高くて、間近であるからかなり見上げる形になった。


 ヒースは顔を上げて目を眇めて、ある方向を睨みつけていたから、わたしの方は見てなかった。


「ここ、どこ?」

「……すみません」


 それは質問の答じゃないと思う。


 でも謝るってことは、謝るような事態が発生したか、これから発生するんだろう。

 なら、それも訊かないといけない。


「どうしたの? ヒース」

「ここは森の中です」


 うん。

 それはそうかなって思ってた。


「君を連れて森の外まで一気に出るつもりでしたが、越えられない壁を作られていて、それに当たって跳ね返りました」


 跳ね返った?

 さっきの弾かれた感じが、そう?

 でも、越えられない壁?

 三百六十度全部を見回しても、そんなものは見えない。


「魔術障壁は目に見えません。見えるように作ることもできますが、これは違います。常時魔力が巡っているから近づけば察知することはできますが……塔とその近くが行動範囲の私にはわからないように距離をとっていたのでしょう」


 舌打ちが聞こえて、驚いた。

 ヒースも舌打ちなんてするんだ。


 そしてそれだけ苛ついたってことなんだと思う。


「私にわからないように、ずいぶんと大きく作ったようです。一人で支えているのなら基点になる媒体をいくつか外周に置いているでしょうが、見つかるようにはしていないでしょうね」


 改めてヒースの顔を見ると、苦々しい表情をしてた。

 こんな、ここまでの表情は初めて見る。


「いつから……」

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