第14話
「嘘はありませんよ」
「嘘よ。女の子抱いたことがないって、絶対嘘よ。慣れ過ぎだもん! あれで初めてって、どんな女たらしの才能なのよ」
やっぱりちょっとヒースはびっくりした目をして、わたしを見た。
「……そっちですか」
ヒースの自由な方の手がわたしから離れて、戸惑うように彼の口元を覆った。
ちなみにもう一本は、いまだにわたしの頭の下にある。
退くべきかなあと思うんだけど、動くタイミングが取れない。
「ええと、本当にあなた以外の女性に反応したことはないんです」
「嘘」
「困ったな、本当なんですが。その……」
「言い訳なら聞いてあげるわよ」
上から目線で言ってみる。
嘘だとは思ってるけど、怒ってるわけじゃない。
それでもう一つのほうは言わないでおく。
ヒースはわかってると思うけど、今は問題にしない。
……こんなに惚れっぽかったかなとか、まだ会ったばっかりなのになとか思うけど、いいやって思っちゃったから。
リスクを冒しても、ここから積極的に出ていこうって気持ちはなくなったから。
そもそもヒースに迷惑をかけるのが嫌で出ていこうと思ったんだから、嘘ならそんなことは起こらないんだもの。
嘘だったとしても、腹は立たない……と気が付いた。
むしろ嘘であってくれた方が嬉しい。
その方が嬉しいと思うくらいにはヒースのことが好きで、意外な一面を見ちゃってもそれは変わらなかったようだ。
ヒースがわたしを助けてくれたのは変わらないし。
あの時のヒースがちょっと怖かったのも本当なんだけど、今思い出せば、その……ドキドキした。
格好良かった。
調教チックな発言さえ若干是正してもらえれば、そばにいさえすればいいのなら、ヤンデレっぽいところには目を瞑る。
うん、離れなければいいんでしょう、離れなければ。
誰とも会わないなら浮気のしようがないから、ヤンデレだってそんなに怖くはないよね。
嘘じゃなければ、それはわたしにも必要なことだ。
神殿にも後宮にも行きたくないのは変わらない。
嘘だったとしても、頼る者のないこの異世界でそこまでわたしを望んでくれるんなら、いいじゃないのって気がする。
わたしだって、できるなら好きな人といっしょにいたい。
それでヒースの希望を叶えられるなら、いいじゃない。
どこが悪いの。
「言い訳は?」
そんな内心を隠して、ちょっと強気に迫ってみる。
腰が引けて逃げると怖いことになるんじゃないかって気もしたから、その予防に。
「その気にはならなくても、相手から迫られて必要なときというのはありまして」
「……できるんじゃない、やっぱり」
「最後まではできません。でも、したような気にすることはできますし、それが必要な時もありました。後半は魔法で幻惑してしまうのですが、相手の理性を奪ってしまうまでは自らの手でしなくてはなりません」
……前半だけは経験があるってこと?
「迫られたからって、しなくちゃいけないわけじゃないでしょ。断ればよかったんじゃない?」
「それですまないこともありまして、ですね……」
ヒースは歯切れが悪い。
女性とイタせると思わせないといけない事情っていうのが正直思いつかないんだけど、なにせここは異世界。
わたしの世界では考えられない風習やら習慣やらがあるかもしれないっていうのは否定できない。
でもそんなのがあるなら、説明もできそうな気もするし。
頭から嘘なら、もっと上手く辻褄をつけそうだとも思う。
なにか言えないことがありそうだっていう空気は読めるんだけど、やっぱりそれもなんだかわからない。
……総合すると、嘘ではないけど、隠し事があるなって感じ。
「その、それ、そんなに重要ですか?」
覗き込まれて、うっとなった。
この麗しい顔面で誤魔化そうとしてるんじゃあるまいな、と思いつつ、意見を述べてみる。
「一応、ほら、気になるじゃない」
「気になります?」
「そりゃあ、好きな人の過去の女は……」
って言ってしまってから、口が滑ったと思った。
わたしも慌てて手のひらで口元を覆う。
ちょっとヒースの表情が明るくなったのは、気のせいじゃないと思う。
「少しは気にしてくれるんですね。私を誘いながら、出ていく話ばかりするから、そんなに好きなわけではないんだと思いましたよ」
「だ、だって」
いつか出ていかなくちゃならない日がくる。
それは変わりないんだよねえ……と思ったら、ちょっとまたドキドキした。
あ、やばい。
ヤンデレが本物だったら、わたしがヒースから引き離されそうになったらどんなことになるんだろう。
いっしょに逃げるって言ってくれたけど、逃げ切れるのかな。
「できれば他の人となんてごめんこうむるし、出ていきたくなんかないってば」
「……本当に?」
「ほんとよ。でも不可抗力とか、どうしようもない時ってあるじゃない。ヒースのさっきの話だって、どうしようもない時があったってことじゃないの?」
覗き込んできた顔の位置は変わらないまま、ヒースの視線が少し泳いだ。
「そう、ですね……」
「そうなのよ。だからね、その時に処女でいたくないなあっていうことだったの」
ヒースの視線が戻ってきて、また覗き込んできた。
「そうです、サリナ、怖いこととはなんですか。昨夜、私はそんなに怖がらせるようなことを言ったでしょうか」
「それは……」
わたしの脳裏に、ヒースの危険な調教発言が過ぎった。
生娘を自分なしでいられない体に作り変えようなんて、なにをしたらそうなるのか具体的にはわからないけど、ろくでもない。
あれが不機嫌で口が滑ったんじゃなく本当に素だったら、本気で危ない。
未経験者としては、あれだけは考え直してほしい。
「わ、わたしをヒースなしでいられなくする、とか」
でも口に出してしまってから、ちょっと後悔した。
自分で言う場合は、怖いんじゃなくて恥ずかしい発言だ。
「それ……怖いんですか?」
「こ、怖いよ」
ドキドキが激しくなってきて、たまらなくなって俯いて、ヒースに魔法で着せられたシャツの胸元を掴んだ。
「サリナが怖いなら、もう言いません」
それは言わないだけで、考えてはいるのでは……
「サリナ」
気が付いたらヒースが身を乗り出すようにして、わたしに近付いていた。
「昨夜の、続きをしましょうか……?」




