第13話
「目が覚めましたか?」
ぼんやりと目を開けたら、間近に天使の顔があった。
声も、話し方も、丁寧で優しかった。
ああ、大魔王は天使に戻った。
よかった……
いやいや、そんなこと考えてる場合じゃないわ。
同じベッドで、横にはヒース。
しかも腕枕。
でもわたしの部屋じゃない。
わたしは裸な気がするけど、ヒースは寝間着を着ている。
一瞬、いろんなものがどうしてかわからない。
夢だったわけじゃない、はずだ。
「も、もしかして」
「なんですか?」
「わたし、まだ処女?」
わたしは間違いなく動転してた。
普通、それは訊くことじゃないよね。
そう気が付いたのは、訊いてからだった。
「……夢ではないですよ」
夢じゃないのか、そうか。
「でも治癒魔法をかけたので、具合の悪いところは多分ないと思うのですが、大丈夫ですか?」
治癒魔法のおかげか……どこも痛くないのは。
そうか、治癒魔法ってそういうのにも効くのね。
別の疑問に移る。
「ここ、どこ?」
「私のベッドです」
二階のヒースの部屋のベッド。
道理で周りが本棚だらけのこの部屋は見慣れないはずだ。
「わたしたち、わたしの部屋にいたよね?」
「昨夜は確かに」
なんで移動してるの?
そう思ったのが通じたのか、答がヒースの口から続いた。
「あの寝台は狭かったので、こちらに連れてきました」
「ご、ごめんなさい、重かったでしょ」
「いえ、上から一階分降ろす程度の距離の移動なんて大したことはないですから」
「だって階段も狭いし」
塔の階段は本当に狭くて一人がぎりぎり歩ける程度だから、お姫様抱っこでは絶対どこかに当たる。
背負ったか担いだか……荷物的に運ばれたことが浮かんだけど、そこは追求しちゃいけないか。
夢を見とこう。
と思ったけど。
「階段は使っていませんから大丈夫です。どこもぶつけた跡や、痛みはないでしょう?」
「どうやって降ろしたの?」
窓から、とか言わないよね。
「魔法で」
そういえば、ヒースは魔法使いだった……
空間移動みたいな大技も使えるんだ、ヒース。
「正直ちょっと魔法が狂って変なところまで飛ぶのが怖かったのですが、サリナの近くやサリナにかけた他の魔法が歪むことはなかったので、本体の転移だけ魔法が狂うことはないと思いまして……今のうちに、短距離で試しておくのがよいかと、してみました」
他の魔法って、なにかかけられたっけ。
「転移は、得意ですので。まだ異世界まで渡ることがはできないとは言いましたが、この世界の中ならば相当長距離でもいけます」
言いながら、ヒースの手が喉元に触れた。
「……うそ」
一瞬前、裸だった肌の上にシャツが現れてた。
手を見ると、ちゃんと袖も通ってる。
……ただし大きさ的に、いつも着ている魔女様のお下がりじゃなくてヒースのだ。
強制彼シャツ……!
「もしかして」
そしてハッとした。
「もちろん脱がすこともできます。脱がすほうが着せるより圧倒的に簡単です」
本人の同意がなくてもあっと言う間に素っ裸にできるなんて、なんという危険な魔法……
首元に伸びてた手が、頬に触れた。
ドキッとする。
あんなことした後なのにと言うべきか、あんなことした後だからと言うべきか。
……まだ間に合ううちに、落ち着いて整理しとこう。
昨夜は後宮の後出し情報と、ヒースの気持ちと意外な一面を知った。
こじれたのは、わたしのものわかりが悪かったせいだ。
思ってたより、ヒースはわたしを好きでいてくれた。
思ってたより、ヒースはわたしに執着していた。
思ってたより、ヒースはヤンデレ思考だった……
……そう、説明されてる状況がヒース以外の他人との接触を許さないので気が付かなかったけど、わたしはナチュラルに軟禁されていたんだ。
そこから芋づる式に気が付いたことがある。
わたしのこの世界の知識は、すべてヒースから得たもの。
つまり、実は真実の保証はないってこと。
ヒースの言葉に嘘があっても、わたしにはわからない、確認できない。
嘘か真実か確認できたとき、嘘ならいいが真実ならわたしの人生は終わるからだ。
「私のことを疑っていますか?」
「……!」
……魔法使いは頭が良くないと駄目じゃないかと思うし、実際わたしより格段に頭良さそうなヒースに、わたしが疑問を抱くようなことがわからないはずがない。
「ちょっとだけ」
「ちょっとなんですか?」
すごく……ではないと思う。
それはヒースの話が、その場ででっち上げたにしてはよくできてるから。
そして話してくれたときのヒースが、本当に辛そうだったからだ。
直感でしかないけど、全部が嘘なんじゃない。
女神の力の存在自体は畑の野菜が証明してる。
ただ、全部は本当じゃないかもしれない。
話は変わるが、見た目に惚れて、あとから新たな面を知るっていうのもよくある話だ。
男性経験もお付き合い経験もないけれど、フィクションの恋愛ものは結構好きだった。
その実技は伴わない知識からすると、問題は知ったあとに気持ちがどう変化するかだと思う。
わたしは――
「ちょっとだけね。ヒース、嘘ついたでしょ」




