第12話
もう恥ずかしいは通り越した気がする。
でも、どうしたらいいかわからない。
「……言い訳したそばから、本当にすみません。我を忘れました……」
ヒースはわたしをぎゅっと抱き締めて、わたしの肩に顔を埋めてきた。そして「もう駄目だ」って本当に微かな声で聞こえた。
何がだめなのかわからないけど、わたしはヒースの体温を感じながらどうにか自分を落ち着かせようと考えてた。
ずっと動悸が激しくて、なんだか疲れてきてたけど、その疲労が少しわたしを冷静にしてくれた。
「だ、大丈夫よ」
そうだ、わたしが言うべきことは、これだ。
さっきから繰り返し言ってるけど、やっぱりこれだ。
「だって、わたし、ヒースが好きだもの」
「サリナ……!」
耳元で、感極まったようなヒースの囁き声がする。
わたしはごくんと唾を飲む。
これから、わたしは恥ずかしいことを言います。
「……ヒースになら、なにされてもいいよ……」
こんなこと言うのは正直めちゃくちゃ恥ずかしい。
今日の恥ずかしさの中では微妙に異質で、口元がむずむずする。
今、女神の力は使ってない、つもり。
ダダ漏れ分は勘弁してほしいけど。
ヒースになんかされるたびに頭から吹っ飛んじゃって何度も考え直してるんだけど、答は変わらない。
ヒースが求めてくれるなら拒むなんてありえない。
だけど踏ん切りがつかないなら自力でヒースを誘惑するしかないでしょう。
それで、初めてをヒースに捧げる。
さっきからずっと話をしていて、もしかして両想いかなって感じになってるけど、そもそも最初の目的はそれだったんだ。
両想いでも、そうじゃなくても、未来や条件が変わるわけじゃない。
誰かに見つかったら、きっとわたしの幸せは終わる。
いつ見つかるかなんて、わからない。
明日かもしれないし、ずっと先かもしれない。
どんな風に終わるのかも、わからない。
ああ、相手が一人なら、すぐにはわたしの人生終わらないかも。
すごく嫌だけど、何度も考えて覚悟みたいなものはあるから、それだけで心がどうにかなっちゃったりはしないだろう。
汚された後、それを理由にヒースに拒まれたりしなければ。
だけど見つかった後に死なないのなら、神殿や王宮に通報されるかもしれない。
どちらかに連れて行かれたら、終了だ。
匿ったヒースも。
見つけられた時、その相手が集団だったら、そこで死ぬのかもしれない。
そのときは文字通り、終わる。
そして強姦で処女を散らすとか、身体的にも精神的にもきっと厳しい。
現代人の耳年増的知識からすると、痛いし苦しいし絶望するしってことになるはず。
神殿も後宮も、どっちも自発的に行くのは相当の覚悟が必要な場所だ。
でもどこまで逆らっても、そこに行く前に死なない限りそこがゴール。
ヒースは守ってくれようとしてるけど、人が誰にも会わないで寿命まで生きることがどれだけ難しいかは、わたしにだって考えられる。
だから――
わたしはいつか、好きでもない人に抱かれる。
その前に好きな人とできるなら、努力は惜しんじゃいけないと思うの。
一回は諦めたけど、ここまできたのだから是非とも目的を果たしたい。
キスとハグまできたんだもの。
日を改めたら、また雰囲気作りからだし。
……と、決意も新たに誘惑したわけなんだけど、ヒースはわたしを抱き締めたまま動かなかった。
ま……まだ、押しが足らない?
さっきの、わたしの知識の中ではかなり奥の手だったんだけど!
「ヒース……あ、あのね」
やっぱりヒースの理性は鉄壁なんじゃないかと思う。
紙だったら、さっきのでいけたんじゃない?
あとはどうしたらいいの。
正直に言ってみる……?
「わたし、初めては好きな人とがいいの」
これで無理なら、わたしに口でヒースをその気にさせるのは難しいと思う……
これ以上の直球は、今のわたしには無理!
これ、もう、抱いてって言ってるのと同じだもん。
既に羞恥プレイの域に片足突っ込んでる……!
「神殿に行くのも、後宮に行くのも、本当は嫌だけど、見つかって行かなきゃなんないのなら、他の人にされるのなら、その前に」
ぴくっとわたしを抱き締めてるヒースが震えた。
これは掛け値なしに本音だから、ヒースにも届いただろうか。
ずっとわたしを抱き締めてた腕が緩み、ヒースはゆっくりと顔を上げた。
「まだ行くと言うんですか」
目の前にヒースの顔がきて、ぎくりとする。
綺麗な顔が顰められ、碧の瞳は不機嫌に据わってる。
「どうしたら君は私といてくれるんですか」
怖い空気に縛られて動けなくなる。
「大切にしたいとあれほど言っても駄目だし、私のものになったって君は行くと言うんですね」
声は変わらないのに、違う声に聞こえた。
「私が我慢する意味はないと言うんですね……」
優しかったヒースの声が、支配的に響く。
「どうしたらいいんですか……? どうしたら君はここにいてくれるんです?」
ドキドキに、違う意味が入ってくるのを感じる。
「ねえ……サリナ」
それは緊張感だ。
「私から離れられなくしてしまえばいいんでしょうか」
捕食者の前に置かれた餌の気分はこんなではないか。
「君の気持ちを変えられないのなら、君の体を私なしではいられないようにしてしまえばいいんでしょうか?」
――食べられる。
「サリナ……答えて」
食べられたかったんじゃないかと言われれば、そう。そのはず。
でも、こんな怖い人に食べられたかったわけじゃないような気がする……!
「黙っているのは、肯定だと思うことにしますよ」
いやいや、そんな調教チックなことに同意したら取り返しが……
「あのっどっどこにも行かないのでっ!」
防衛本能の促すままに叫んだわたしを、ヒースは深く昏く冷ややかな熱を湛えた瞳で見据える。
この碧の瞳は、本来優しくない色合いなんだと気が付いてしまった。
「嘘は駄目ですよ」
わたしの顎を掴んで、ヒースの親指が唇を撫でる。
そこから走るなにかに、言葉が奪われる。
「……やっぱり、そうしましょう」
ゆっくり、わたしを覗き込んでいたヒースの顔が更に近付いて……
わたしは唇からヒースに食べられた。




