第11話
今日はもう恥ずかしい日なんだと諦め半分だったけど、まだまだ続くのか。
ヒースの手は、肩までの髪を繰り返し撫でてる。
たまに梳いて、抓んで、指に絡めて。
髪に意識を集中させてたから、膝の上でぐーに握って置いてた手を何かが包んだ時にはビクっとしてしまった。
いつの間にかヒースのもう一方の手のひらが、わたしの手を握ってた。
――好きだって言ってくれたけど。
ヒースがわたしのどこを好きになったのかって言ったら、やっぱり異世界の女だから、『女神だから』だろう。
女神だからというのは、ある意味生まれついて綺麗とかと同じ性質のものかもしれない。
自分で左右はできないもの。
その気になればそれを振り回して誘惑できるという点も、近いのかも。
女神だから――は、女神じゃなかったらと思えば、正直ちょっとがっかりする気持ちになるけれど、それはしょうがない、のかな。
女神の力でヒースをって思っちゃったわたしに、言えたことじゃない。
でも、少しは他にも好きなところはあるんだろうか。
さっきからずっと髪をいじってるヒースに、髪が好きなのかなあと思う。
「ねえ」
「なんですか、サリナ」
恥ずかしくてさまよわせてた視線をヒースの顔に戻したら、ヒースはいつの間にかどこかうっとりと恍惚とした表情を浮かべてた。
綺麗な顔がそんな表情をしてるのは、破壊力がありすぎる……!
あまりにも色っぽくて、心臓が跳ねるようにドキッとして、そのまま駆け出した動悸が止まらなくなる。
心臓の音はとうの昔にうるさかったのに、スピードアップされたらクラクラする。
「えと……もしかして、髪触るの、好き?」
「いえ……そういうわけではありませんが。でもサリナの髪には触ってみたかった。黒くて、まっすぐで、つやつやしてますよね」
「黒い髪、珍しいの?」
「元々この国の者では、あまり見ませんね。南の国にはいるので、たまに他国の商人や旅芸人などには黒っぽい髪の者がいます。それでも、まっすぐの黒い髪は見たことがないです。大体は巻き毛ですね」
「そうなんだ」
そう言いながらも、ヒースは髪をいじり続けてる。
「でも綺麗じゃないよ。こっち来てから、毎日は洗えないし、手入れもできてないから」
外に出られないわたしは、水はヒースの汲んでくれたものを使うしかない。
沐浴部屋の二つの大瓶に朝のうちになみなみいっぱい入ってるけど、髪を洗うには少しの水というわけにはいかない。
自分の着るものを洗濯したい日は、髪は洗えない。
髪を洗ったら、洗濯は難しい。
水をもっと欲しいとは言いにくかった。
畑まで一人で行けるなら自分で汲んできて使えるようになるかもしれない。畑まで一人で行けるようになりたかったのは、この理由もあった。
外にしょっちゅう出るのはちょっと怖いけど、ヒースの仕事を少しくらい手伝いたかったから。
でも、だから、髪が綺麗だとは思えない。
今日、洗えればよかったのにと思う。こんな風に触られるなら。
「ああ、水が足らないのなら、言ってくれれば、足しますよ」
「でも」
「普通の水は魔法で出せますから、すぐ足せます。大した魔法じゃないですし」
……なんだと……!
……意思の疎通って大切だ。
本当に大したことなさそうなので、無駄に遠慮してしまったのかもしれない。
いやいや、そんなこと言って、甘え過ぎは良くないんだった。
「でも、十分、綺麗ですよ……」
でも、そう言いながらヒースは髪を一房取って、キスをした。
そんなに長くないから、キスできるほど顔を近づけたら頬に息がかかる……!
「キスは……?」
頬に唇が触れそうなほどの距離で、切なげな碧の瞳が揺れてる。
「しても、いいですか」
え、これ、事後承諾?
髪にキス……いいよね。嫌じゃない。でもいちいち許可を求められるのは恥ずかしい。だけど、いきなりされても恥ずかしかったから同じか。
「い、いいよ」
また目を逸らす。まっすぐ見るには恥ずかしすぎる。
でも嫌じゃないのは本当。
だって、ヒースとそうなりたいって思ってたんだもの。
思ってるだけじゃなくて、行動に移すと決めたくらいなんだもの。
まっすぐに思い通りになったわけじゃないけど、このままいけば、いずれわたしの願いは叶うかしら。
上手いことすればここからそのまま雪崩れ込めるのかもしれないけど、未経験が足を引っ張る。
いや、経験あったらそもそもここまで困ってないから、本末転倒か。
そう思ってたら、唇に柔らかいものが押しつけられた。
「……!」
事後承諾じゃなかったっ。
少し傾けてそっと合わせられたキスは、すぐに離れていった。
もっとすごいことを望んでるくせに、キスだけで動揺しちゃうなんて。
これじゃ先に進むなんて、できないんじゃ。
って、思ってたら。
唇はすぐ戻ってきて、今度は強く重ねられた。
動揺したまま名前を呼ぼうとしてたから、開いてた口からぬるっと熱を持ったものが入ってきて――
経験はないけど、知識はある。
これは熱烈な恋人同士の深いキス……
恥ずかしくて、苦しくなって、顔を離して逃げようとしたけど髪をいじってたはずの手がいつの間にかしっかり頭を押さえてて逃げられない。
息できない、苦しい。
今までこんなキスは未経験で、どう呼吸するんだとか、そんなことは知らなかった。
だからヒースが唇を離してくれた時には、もう涙目もいいところだった。
やっと吸えた空気にほっとしたけど、まだヒースの顔は間近で、はあはあと乱れた息が欲情してるみたいで、あふれた唾液が口からこぼれてるのも感じて、泣きそうだ。
「……すみません。もう信じてはいただけないかもしれませんが、あなたを大切にしたいと思っているのは本心です」
息切れして答えられないまま、ヒースを見つめる。
ヒースの手は、また髪を撫でてる。
「あなたへの欲を抑えきれると思っていたなんて、慢心だった。理性は強いほうのつもりだったのですが、驕りでした。私の理性なんて紙片一枚よりも頼りなく薄っぺらい」
「そ、そんなこと」
いきなりケダモノになったわけでもないし、そこまで言うほどじゃないと思ったんだけど、言い切れなかった。
顔舐められた。




