憎悪の空
懐に仕舞っていたソレを取り出し、腰に改めて付け直す。
それは本来武器として扱われるようなものではない。
本来、生活の、日常の一欠けらに登場する、その程度の小さな存在。
けれど、それは俺が一番最初に握った“命”を扱う為の道具。
「…しかし、包丁が武器っていうのも格好つかないよなぁ……」
正面をふさぐ瓦礫を解体して道を作る。
手に持つのは、職人が作ったという以外にはさして普通の包丁でしかない。
秘密は、“気”の業。俺が操る唯一のファンタジー。
爺様に教わった全ての基礎。包丁を刀以上の業物へ変え、只の糸で岩をバラバラにする狂った業。
「…………」
背後から飛来した矢。その先端を叩いて弾く。
…見えた。25メートル程離れた所に立つ覆面の姿。
まさか放たれた矢を叩き落す人間など予想していなかったのだろう。
駆ける。25メートルなぞ数秒で超す。
次に放たれた矢はすぐ傍を掠って流れていく。…無視。
通り様に一閃。手足の筋を断ち切る。
「…っ、ぎやあああああああああああああああああっ!!!???」
「遊んだんだ。ツケは払うといい」
四肢の自由を奪われて、男はもう動く事も出来ないだろう。
出来たとしても、芋虫のように這いずっての移動だけ。
周囲は自分達がつけた火で囲われている。
さて、彼を助けてくれる人間は居るのだろうかね。
「なっ!?」「て、敵だとっ!?」
新たなお客様=二名来店。
丁重に御持て成しをしてあげよう。
痛みにのた打ち回って苦しむ味方の姿を見てか、連中に警戒の色が見える。
…ふん、警戒の色程度では足りない事に気付かせてやる。
「くくくくくっ、ちょっとはやるみてぇじゃねーか」
「……………」
これまた、頭の悪そうな男が出てきた。
手に赤い槍を持った巨漢。
禿頭の巨漢なんていうのは、昔のアニメとかでしか見たことが無い。
「次は俺が相手してやる。掛かって来いよ…」
ニヤニヤと笑う男。
その余裕たっぷりの態度は、此方を小物と侮っているのがありありと見て取れた。
右手一閃。放つのは4本の釘。
反りをグラインダーで削って強化してある五寸釘は、その鋭い先端を持って大男の肩へと突き立っていた。
「っ!!??」
男の顔が驚愕に歪む。
…見えなかったのかな? レベル低い。
「お前も、恐怖しておけ」
気を込めて右腕を一閃する。
握ったのは、先端をとがらせただけの、反りを削っていない五寸釘。
それを、男の肩ごと廃屋に叩きつける。
「ぎああああああっ!!!???」
痛みに慣れていないのだろう。男はそんな絶叫を上げて、しかし肩ごと壁に刺さった釘を庇って、しゃがみ込むことも出来ずに其処に磔にされていた。
虐殺だけで、殺し合いに慣れていないみたいだ。
残る一人。
振り返ると、ギョッとしたような表情の盗賊が一人。
俺と合った視線を見て、慌てて逃げ出そうとして。
「………」
当然、逃がす気なんて更々無い。
棒手裏剣による狙撃。逃げる盗賊の両膝に突き立った棒手裏剣。
逃げようとした盗賊は、しかし裏から膝を刺し貫かれ、悲鳴を上げて倒れこんでしまった。
「……さて、次行きますか」
盗賊の数が…少なくとも、この場所に居る盗賊の数が少なすぎる。
本陣は、多分件の学園組が抑えているんだろう。
避難の援助と敵先遣の排除。
ここまでやれば十分のような気がしないでもないが、……まぁ、ついでだ。
一度関わってしまったのだ。キリのいいところまでは付き合っておこう。
連中に対して腹も立っていることだし。
――ドオオオオオンッ!!
突如響いた爆音。
方角は…山際から。
「……何だ」
爆発、なんていうのは只事ではないだろう。
行くのなら、少し急いだほうがいいのかも知れない。
決めて、その方角へ向かって駆け出した。
ちょっと病的な主人公。
変な所で律儀で、でもだからこそ幸せになってほしい。