知識補充希望
この森、通称“毒蛾の森”があるのは、ミレニウス魔導皇国という国らしい。
ミレウス魔導皇国。
正式名称はミレウス皇国。代々偉大なる精霊魔術師を輩出した一族を中枢とした国なのだとか。
魔導皇国というのは通称で、それぐらい魔術が盛んな国だ、という事なのだとか。
で、魔術。精霊魔術と個人魔術の二種類が在るらしい。
精霊魔術は、世界に満ちる“力であり意志”である精霊に力を借りて行使する偉大な技。
精霊と交感することで行使しうる、かなり使用できる人間を限定する魔術だとか。
個人魔術…俗に“魔術”とだけ呼ばれるこれは、人のもつ“魔力”を糧として行う術で、精霊の御技を人の身で再現しようとした結果生まれた学問なのだとか。
と、そんなことも知らないのか? と首を傾げられてしまう。
流石に一度に聞きすぎたかと自戒しつつ、「自分、記憶喪失ですから」と誤魔化しておく。
「…まぁ、よくわからないけど」
「聞いてきたのは貴方なんですし、もう少しちゃんとした感想があってもいいとは思うんですけれどもね」
「とは言われてもね」
ああ、そうですか。…以外に何を言えというのか。
自分で言うのもなんだが、俺は結構柔軟な思考をしていると思う。
そんな俺だが、今落ち着いているように見えて、実際はかなりパニックになっている。
パニックでもなければ、崖を駆け下りて逃げるなんて愚行はしない。
「…あ、そういえばさ。そのクルストの学園ってどういうところなんだ?」
「学園? …ああ、そうね」
クルスト学園都市。
国立学園を中心として成立した都市であり、学園そのものでも在る。
政治科、経済科、商業化、その他諸々の学科からなる学園であり、それらの学科によって実際に町を動かす事によって町は回されているのだとか。
そこでは文学や計算、歴史や魔物知識などといった基礎的な知識をはじめとして、各種色々な知識を齎してくれるのだとか。
「へぇ」
「へぇ…って、貴方ねぇ…」
「そんで、また何であんな連中に追いかけられてたんだ?」
「う……それは……」
クルストの授業課程に、“クエスト受注”というのがあるのだそうだ。
所謂ゲームの“クエスト”というやつとおんなじようなもので、依頼を受けてその仕事をこなす、と言うものだ。
学園側主催の事務所を通してこのクエストを受ける事で点数を得て、その総合点を単位に変換してもらうのだとか。
報酬は学園に何割か持って行かれるが、それでも勉強ついでにお小遣いが手に入るというシステム。なんともうらやましい。
「で、依頼を受けて、失敗して追われた、と」
「むっ、…まぁ、確かにそんな感じなんだけれど、…まだ失敗したわけじゃないわよっ!!」
「逃げてたのは?」
「あれは…その、遠距離から魔法で叩き潰そうと思ってたら、巡回中のヤツに見つかって、精霊に言葉を届ける暇も無く追われてたから……」
何と言うか。油断オツとしか言いようが無い。
「ヴァカだ」
「馬鹿じゃないっ!!」
「…というか、お前仲間とか連れてきてなかったのか?」
「居るけど…多分、まだ村にいるんじゃないかしら」
成程。このお嬢様、功を焦って独り先行したんだなぁ…。
まぁ、先走るのは戦場の華だけども。…この場合は、ちょっと不味いんじゃないだろうか。
「村って……その、クエストを依頼してきた村だよな?」
「ええ。小さな村なのですけれど、野盗に襲撃される、連中を退治してくれ、と依頼が来ていたんですわ」
……はぁ。このお嬢様は。
なんでそういう局面で先走っちゃうのか。
何か理由が在るのかもしれないけれども。この場合はやっぱりヴァカとしか言いようが無い。
「…なぁ、お嬢様よ。お前が連中を襲撃しようとしてたってことは連中に知れてしまったわけだ。と、すると連中は報復行動に移るよな?」
「ええ。実際追い回されましたし」
俺の言葉に相槌を打つお嬢様。何と言うか、呑気な。
「…じゃぁさ、連中がお前をとり逃した場合、次に報復する場所って何処だと思う?」
「………?」
「その村だよ」
メリッサは、俺が何を言っているのか解らない、と言うような表情。
……ち、学園に通っている、といっても世間知らずは世間知らずか。
「要するに、お前さんを雇った村人に報復の矛先が向けられるって言ってるんだよ」
「なっ!? そんなっ……」
「さて、今頃その村とやらは如何なってる事やら……」
言っている間に木々が開けた場所へ出た。どうやら、森の端へたどり着いたようだ。
左右の背後に広がる森とは対照的に、正面に広がるのは果てが霞んで見える緑の広原。
…これだけの土地が祖国に残ってれば、もう少し経済に余裕があったり、社会的な選択肢とかももう少し残っていたかもなぁ……
「……っ!? 村の方向から火の手がっ!!」
メリッサが悲鳴のような声を上げる。
予想通りというか、連中も案外手が早い。
…しかし、焼くとは。自分たちの仕事場まで失うだろうに。
下種ほど、身に合わないプライドを持っているというが。プライドを持つのはいいが、もう少し考えて行動したほうが良いんではないだろうか。
………まぁ、パニクって行動した俺がどうこう言える立場ではないんだが。
「……って、ちょ、おいっ!!」
考えているうちに、気付けばメリッサは火の手の方向へと向かって走り出していた。
今更行っても仕方ないだろうに。
「火を放たれた、ってことは、包囲も完了してるだろうし、ソレを突破して人を連れ出して……此処からじゃ間に合わんだろうに」
理屈。最も正しい理論。
「………ああ、くそっ」
理屈。最も正しい“だけでしかない”理論。
世の中には沢山のIfがある。選択するかしないかは、全部自分の意志なのだから。
「俺も、なんというか、甘い事」
五寸釘の残りは十分に在る。
両腕に仕込んだソレと、懐に仕込んだソレを確認して、俺もメリッサの背を追って走り出した。
殆ど説明になってしまいました。
次回はちょっとダークな感じ…かな?