逆光剣
「………ん?」
不意に、違和感を感じて闘技場へと視線を戻す。
其処にあったのは、ついに膠着状態へと陥ったかのように静寂に包まれた『場』。
空気の停滞は、しかし嵐の前の静けさと言うやつだろう。
針のように鋭くとがった空気が、チクチクと肌を刺すような感覚。
「…く、まさか、侍女如きに梃子摺るとは…」
「舐めないで頂きたい。私はケントさんに仕えているんです」
いや、仕えてるとかそういう関係は無しだと…。
言い出せる空気でもなさそうで、というかこの場でそんな事を言うのも無粋か。
後でちゃんと注意しておこう。
「…こうなったら、コレを使うしかないか」
言って、モジャ毛は何処からとも無く一冊の古びた書籍を取り出した。
「…魔導書?」
「これは、とある宝具ただ一つを、魔術的に再現する為だけに書き表された魔導書。その名を、『こたえるもの』という」
………………。………………、―――――――えー………。
その魔導書を遠目に見る。
金のゴシック体でAnswererと印刷されている、青黒く分厚い書籍。
いや、違う。筈だ。流石に、そこまで露骨にっていう展開は無いだろう。
オタクならば、高確率で知りえるであろう知識。
だが、けれども。そんなことを認められるはずが無い。妄想が此処で現実化している!?
……いや、違うか。
迷い込んだ漢が、それを魔術として成立させたのだとしたら……。
そも、印刷なんて技術、ギキョウ製以外では無いだろうし。
現実にそれが起こったわけでもないのに。
そうして妄想を深めているうちに、モジャ毛はその魔導書に魔力を通した。
バラバラバラバラバラバラ………
留め糸から解き放たれたそれら魔導書のページは、モジャ毛の右腕へと張り付いていく。
だと言うのにその右手はかさばらず、まるで腕に溶け込むように消えていくページ。
「………っ、不味い、かな?」
もし、想像通りの魔術なのだとすれば。
多分、俺でも防ぐ事は困難。単純な回避なんて通用しないだろうし、まして魔術による防御だって…俺のアエテルというのは、結構未完成だ。
バチバチと音を立てて、モジャ毛の右手の先から放たれる稲光。
それは何処からとも無く青銅色の球体を生み出して。
「……っ!!」
高まる魔力に、何か感じるところでもあったのだろう。
攻撃される前に攻撃する。先制は戦場の必須。…けれども、この場合は少し待つべきだった。
「ちょ、クリス…!!」
制止の声もむなしく、クリスのその手には莫大な魔力が。
顕現するのは紅蓮。鮮やかな夕日のような、強烈な焔。
「―――『応えるもの』っ!!」
ちょ、やっぱりかっ!!
いくら再現したいからって、それは危な過ぎるだろうにっ!!
全身全霊のアエテルを噴出させる。
肉体の耐久限界を超えたアエテル総量に、部分部分が悲鳴を上げて崩壊する。
引き延ばされた時間に時空間歪曲。
可能な限りの機動力を持って、全身全霊でクリスの前へ。
「―――え?」
背後から聞こえた声。応える余裕は無い。
無理を通り越した身体は所々から出血を始めている。焔もないのに全身を焼かれ、しかも…。
…というか、今さっき肉体を再定義していなかった場合、今の機動は確実に自殺行為だ。
只の人間に、無防備に時間を渡るなんて行為は許されていない。
「―クリス。世の中には、カウンター技と言うものがあってだな」
「…ケントさん、何時の間に…」
「とりあえず、クリスは負け。続きは俺が請け負うけど…いいかな?」
言って、正面…モジャ毛に向かって問いかける。
モジャ毛はモジャ毛で、機嫌良さそうに笑い、鷹揚に頷いて見せた。
「ああ、勿論良いとも。コレを出した以上、ボクは何人足りにも敗北は無いからね」
まぁ、受け止められるとは思わなかったけれど、と苦笑するのは余裕の表れか。
「在り難いよ。流石に、ソレの相手は女の子にさせるには辛い」
「ちょ!? ケントさん?」
「いいからいいから。後は俺が相手をする」
魔力を限界ギリギリまで溜めていたクリスは、しかし俺の右手を見てはっと息を飲み込んだ。
「て、てぇーに穴開いてますよケントさんっ!?」
右手に受け止めたソレ。
…時間を戻ったわけではない。ただ、直前―書き換わる直前に動いただけだ。
だからこそ、コレを受け止める事ができたのだけれども…。
無かった事にされたクリスの攻撃のダメージは、しかし俺にはちゃっかり残されている。
背中がヒリヒリする…。
受け止めたそのナイフのような代物は、しかし魔力で一時的に顕現しただけの魔術礼装の類だったらしく、魔力が切れたのかその姿を不意に消してしまった。
ちなみに、魔術礼装と言うのは魔術行使に扱われる道具の事だとか。
「畜生め。何処の馬鹿があんな危険物作ったのか」
識っている。アレは、因果律に干渉する魔術だ。
後より出でて先に断つもの。
…勝利する方法なら、ある。
「…ふふっ。まさか、いきなり使う事になるとは」
つい先日完成したばかりの技を思って、思わず苦笑を零した。
「フラガラッハ。それって如何よ?」
ものすご〜く。型月の香りが漂っていた。
事情を理解できない人にはイマイチ意味の解らない話。
説明しておきましょう。
フラガラッハ。ケルト神話に登場する魔剣で、マナナン・マクリルとかいう海の神様がルーとかいう神様に与えた物だそうで。
その効果は、相手が切り札を使った時に発動し、相手を倒した結果としてその切り札の使用をキャンセルするという工程を取るため、……要するに相手の攻撃自体を無かった事にしてしまうのだとか。
後半は型月設定。
因果律操作系はかruckでしか崩せないはずだけど、まぁその辺りはリアル厨二病連中が創り出した劣化版だった……という解釈で勘弁してください。
以上。放置してゴメンナサイでした。




