観戦勉強
魔術。
それは、俺にとって新たな展開を齎すかもしれない可能性だ。
それに気付いたのは、あの図書館で件の彼女に出会ったからかもしれない。
「全ての……原点……」
全ての原点たる無形。
ならば、それに形を与えるのも手段の一つではないだろうか。
今現在俺が扱うのは、武器や肉体にアエテルを与え、その能力を底上げするだけというかなり乱暴な代物だ。
時空間歪曲や引き延ばされた時間、多重次元屈折現象やシュレディンガーの猫なんていうのは、所詮意志の圧力で暴力的にこなした技だ。
この世界で生活する以上、在る程度は魔術と言う手法について学ぶべきなのかもしれない。
そう思って、だからこその魔導書閲覧だったのだが。
(これは、思っていた以上に良いイベントだったかもしれない)
何時の間にか、気や魔力、アエテルを視認出来るまでに至っていた俺。
その力を持って、現状…OK広場の決闘を見定めていた。
こめかみに力を込めて、より高い霊的次元での事象を覗く。
ヒトの肉体は薄れて見え、より明確になる魔力の流れ。
クリスとモジャ毛に共通して見える、しかし全く形の違う各々のそれ。
――魔術回路。
書籍にそう記述されていた、力を錬鍛する為の魔術的器官。
其れは、俺の内側にも内在する。其れは既に確認済みだった。
その魔術回路の廻りと、ついで放たれる魔術と精霊魔術の応酬。
「ふぅ……ん」
クリスの精霊魔術は、魔術回路でマナやオドを魔力へと精製し、意図の糸を通して精霊へとそれを送り込んでいた。
アレはつまり、魔術を行使するというシステムを外力に依存しているのだろう。
利点は、魔力に比例して強大な精霊の力を借り受けることが出来る…と言うことだろうか。
その反面、タイムラグと、精霊側からの反動…つまり、精霊の意図が逆流してしまいかねないと言う不具合も見受けられる。
対するもじゃ毛の魔術。これは魔術回路で作り出した魔力を用いて、自らの腕に刻んだ魔法陣や、魔導書に乗せた術式を起動させるという手法だ。
腕に刻んでいるのが、生体魔導書…魔術刻印というヤツなのだろうか。
利点は、精霊魔術に比べて自身で完結している為に発動までのラグが少ないと言う事だろうか。まぁ、その反面、一つの魔術は目的以外の行動に使えないし、在る程度行使する魔術も限定されている。戦闘が単調化しやすいと言うのと、自分の内界だけを糧とする為にかなり燃費が悪いと言う点だろうか。
多分、キャパシティーには資質と鍛錬を必要とするのだろう。
「ふぅん…」
まぁ、現状では中々良い戦いを繰り広げている。
魔術の勉強にもなるし、単純に戦闘として見ているのも中々に面白い。
「クリス〜、がんばれ〜」
適当に応援なんかしたりして。
クリスは自身に風の加護を乗せることで、その機動力を極限まで上昇させていた。
風の加護は、つまり自らに与えられる風の害を極限まで減らす。
乱暴に言えば風の抵抗を受けなくなるのだ。
「……!!!」
嘗ての世界ならオリンピックにでも出られたのは無いだろうか、と言うほどの速度。
その速度を持って、クリスはモジャ毛の放つ黒っぽい弾幕を回避していく。
「チィッ!! ――NocNocNoc!!」
「《凍て付け、氷擲!!》」
黒い弾幕と相克する氷の柱。
しかも氷柱は自らに着弾しかねない危険度の高いもののみを選別して撃ち抜いている。
故に、その多くはクリスの機動力の前に踏破され、流れ弾となって此方へ。
「あ〜…」
アエテル防御。
全ての弾幕はアエテルの薄黒い壁に弾かれて消滅した。
…うん、しかし……魔術回路か。
俺にも多分、それに順ずるものは在るのだろう。
実際、アエテルなんて使えているわけだし。
魔術回路の形状に決まりは無い。
千変。如何なる形でも、如何なる想いでも。
――自意識投影。
自己の深い意志を表面上へと投影する。
そうして見えたのは、黒い太陽。
眩い黒光を放ち、立ち込める白闇を駆逐する。
…これが、俺か。
心象風景。
それをつかめたのならば、其れを基点として組み上げれば良い。
今一この風景が何であるかは理解できなかったが……。
魔術とは、魔力と言う肉を支える骨格だ。
ならば。魔術回路も、霊的な骨格と成れば良い。
無意識に身体の内側から引き出していたアエテル。
その流れに、明確な道筋を作る事。
……まぁ、所詮は妄想。須く事は成るようにしか成らない。
まぁ、いっか。成せば成れ。
心象世界から肉体へと接続を繋いでいく。
壁の隙間から力を押し出していた今まで。それが、回路を形作っていくたびに良く解る。
これは、俺が俺と言う形を再定義する工程でもある。
今の俺は…驚いたことに、人間を大分やめてしまっている。
肉体面の変化こそ常人から超人へ変化した程度の些細…かな?…な、変化でしかない。
が、問題は魂の側。
既に、魂は人の域を外れている。
今の俺ならば、仮令肉体を喪失したとして、精神体として再定義できるかもしれない。
つまりは、既に肉体に捕らわれないほどの力を溜めてしまっていた。
仮に、このまま魔術回路…力の用水路を整備しなかった場合、肉体がアエテルに耐え切れずに自己崩壊を起こしていただろう。
覚醒に引き摺られて変質した筈の肉体は、然しそれでも変化に追いつけはしなかったようだ。
俺はまだまだ人として生きなければ成らない。
だから、肉体を再定義する。
魂からの力を存分に受け止め、受け流し、振るえる様に。
肉体に突き刺さる幾戦もの焼けた鉄。
それは幻覚だ。実際に起こりえた事象ではない。
けれども、それは俺の精神面においては事実以外のなんでもない。
精神側から伸ばした触手。それが、肉体へと突き刺さり、その構成を変質されていく。
内臓に指を突っ込まれてかき回されているようなものだ。
吐き気、寒気、震え、頭痛、貧血。
…そんな感覚を全て押し殺して、作業を進める。
ダイレクトな接続。
力の伝達効率も上がるが、そのフィードバックも恐い。
ま、いっか。
回路はシンプルにして屈強。単純にして頑固。
がしがし、がしがしと水道を整備していく。
(問題は、と)
一つ、重要な問題が残されていた。
(試合、ちゃんと見てないと、後からクリスに文句言われそうだ)
青い顔を上げて、視線を上へ。
クリスとモジャ毛の戦いは、何時の間にか佳境へと差し掛かっていた。