夜中にこっそり魔法練習
深夜。恒例の鍛錬を再開する。
此処暫く、旅とか怪我とかで鍛錬をサボっていた所為で、この鍛錬はかなり久しぶりの事だった。
ランニングに基礎トレーニング。ナイフの投擲と特殊機動をこなして。
ついで、本番たる気…アエテルの訓練に移る。
「………ふぅぅぅぅ……」
呼吸法というのは、気を制御するには有効な術なのだとか。
それは、アエテルにも適用できるようだ。
黒い光は、落ち着いた呼吸に共鳴するように、柔らかい光の明滅を繰り返していて。
「………うん」
そのアエテルを纏わせた拳で、広い夜の空へと拳を放つ。
途端、はるか上空で四散する雨雲。
コレで明日は晴れにならないだろうか。
「クロノ・ストライク!!」
言葉を発して、一撃。
バカアアンッ、と轟音を立てて、その一撃を受けた岩は見事に砕け散った。
「……うん」
浮き上がった魔方陣と、感じた感覚。
成程、これが件の能力と修正か。
俺に与えられた能力は……多分、“時空間の操作”だろう。
――引き延ばされた時間。
始めは脳内麻薬の過剰分泌による現象かとも思ったが、しかしそれならばその流れの遅れた世界で通常通りに動ける俺は一体何だと言うのか。
…いや、違うのか?
あの書物の詳細の書かれた部分には、異能はつまり、“自己の意思と言う異界法則を顕現させた状態”だといっていた。
つまり、時間停滞ですら、その魔法の一部…?
が、しかし。
限定的という言葉が気に掛かる。
それは“死者を黄泉還らせる事はできない”などと言う基本的な事項のことなのだろうか。
それだけではない様な気もするが…まぁ、詳細は不明だ。
「……しかし、思ったより上手く行くもんだな、新技ってのも」
クロノストライク。
とある荒唐無稽スーパーロボットADVで、主人公のメカが使っていた必殺技の一つ…の、理論をちょっと応用して作ってみた技なのだが、あれほどの威力になるとは正直思っていなかった。
だって、“奥の手”を使わざる状況に追い込む為の捨て技みたいに扱われてたし。
「…まぁ、意志って言うのは事実みたいだな……」
要するに、俺…異邦人に必要なのは、世界の理を曲げてでも何かを成し遂げたいという固い意志。世界の理性を押し曲げるほどの狂気を持たなければいけないのだ。
……あー、ヤメヤメ。
面倒くさい事を考えるのは、昼間の間だけで十分だ。
もう既に日は沈んでいる。
後は、俺らしく静かに適当に過ごせば良い。
「……うーん、新技のストックでも増やしておくかな」
といっても、一から作るなんていうことはしない。
技を作るというのは簡単だが、それが実戦で使えるかと言うとそんな事は無く。
昔から在る技術と言うのは、つまりその年月を掛けて研鑽されてきたという事なのだ。
「えーと……うん、コレにしよう」
頭の中を探って、一つやってみたい技を起想する。
モデルは、最近やっていたさっきのADVと同じ会社がやってるアニメの最終話から。
まぁ、影分身って考えれば早いのかな?
「えーと……」
世界が定義付けしやすいように、具体的な概論も考えてみるとしよう。
必要なのは…“多重次元屈折現象”と“シュレディンガーの猫”を絡めれば何とか言い訳にはなるんじゃないだろうか。
「ま、そこらへんは世界の裁量に任せましょうか」
言って、精神を統一する。
体からアエテルを。アエテルは万物の根源たる力。世界を騙くらかす触媒には最良なのだそうだ。
「――――“俺は、此処に居る”」
答えよう。自らの問いに
応えよう。自らの意志に
意志で世界を螺子禍げる。
歪む景色と、その周囲に現れる魔法陣。世界の修正はこの歪みを再定義する事で修正を掛け。
「“トリニティ”」
自己暗示。
新たな技の創造は想像。
その完成と共に、魔法陣は弾けて消えうせて。
「「「………………………おお」」」
三つの口から、そんな言葉が漏れる。
見えたのは、三つの視界から見える自分と同じ二つの顔。
「「「まさか、成功するとは」」」
出来ると信じてはいたが、こうも上手く行くと逆に吃驚する。
その影分身たちとハイタッチを交わし、結局コレって自分ひとりでハイタッチやってるんだよなー…と少し鬱に成りつつ。
「「「んじゃ、やってみますか」」」
アエテル集中。
「「「―――我が一撃は雷と鳴り。」」」
言霊を述べる。
一度世界に定義されたこの技は、既に修正済み。
世界にかける負担は極限まで抑えられた状態で。
「「「終に始まれ、――時空間歪曲!!」」」
しかし、この言霊で現れる魔法陣は三つ。
俺と、俺と、俺の用いる、等しくも違う三つの威力。
「「「トリニティ・ストライ――ク!!!」」」
三方向から一点へと向けて放たれたその黒い稲妻のような一撃。
次の瞬間、夜の空に、夜闇すらも塗りつぶす黒い光の柱が現れていた。
折角なのでスキルノート。
・ゲンガー・ドライブ
影○身…というよりは千○衝。
実体が影を作っているのではなく、同時に存在する“存在するかもしれなかった”可能性を一時的に顕現させている。全てが本体であり、虚像である。
叩いてみるまでは解らず、本人の精神も第三者的な視点から身体を操っている。
多次元屈折現象とシュレディンガーの猫を混ぜた技。
アエテル残量が許す限り、他の技との併用が出来る…というかそのための技。