閑話 異世界の心得
異世界から来た我、此処に記し、後輩の足しと成る事を望む。
嘗ての世界。「地球」から訪れた我々は、この世界では異邦人と呼ばれている。
私以前の異邦人が自らをそう呼称したのだろうと推測しているが、事実は不明。
先に記述しておくと、元の世界へ回帰する方法は見つかっていない。
といっても、コレは今現在の事情だ。何時かは我々異邦人が元の世界へ回帰する方法も見つかるかもしれない。
…が、少なくとも現状では不可能である。
・言語に関して。
コレを読む異邦人である貴方は、日本人…もしくはそれに類する種の人間であろうと思う。漢字を用いたのは、情報秘匿のためである。
それを前提として、今貴方が口から放っている言葉は、貴方が嘗ての世界で使っていた日本語ではない。
どういう仕組みかは解っていないが、我々の言語機能は、世界を移動した際に、何かしらの干渉を受けてこの世界の物へと適応してしまっていた。
そして、文字。
これは欧羅巴で使われているアルファベットだ。
私以前の、『嘗ての世界の異国人』と出会った事も在る。多分、嘗ての世界中から、この世界に迷い込んだ者はいるのではないだろうか。
その人間が文字を広めたというのならば…。
・異能に関して。
これを手に取る諸君は、きっと見知らぬ力を身につけていることだろう。
神秘、呪。
恐怖は在るかもしれない。が、恐れるな。これは貴方の力と成る。
が、乱用は控えるべきである。
この世界にとって、我々の扱う超常の力は異物だ。在る程度は世界の修正によって寛容されるが、限度を超えると世界からの修正によって圧殺されると言う。
これはこの世界の協力者で在る魔術師の言葉であるが、その内容などの詳細はいまひとつ不明である。
異邦人…とりわけ、日本人によって作られた異邦人の都市…偽京。
其処に集った異界研究者の一人の説を此処に記載する。
我々が世界を渡った時、我々は“世界の無い世界”…混沌の前に身をさらしたのだと言う。
我々は、世界と言う定義があって、ようやく人間と言う形を取る事ができる。
その定義無くして、人は世界の外に出る事は出来ないのだと言う。
結果、人間…その魂は、自己保存の為に新たな世界を創造する。
“自分”という、小さな箱庭の世界だ。
自分を法律とした、小さな異界。
我々がこの世界に降り立って手に入れたのは、実は混沌の前に晒されて形作られた力だ。
謂わば、“魔法”。
そのチカラを自在に操れるようになる事を“覚醒”と呼ぶ。
自分という異界法則を限定的に顕現させるというのが、我々の扱う異能の本質だ。
…が、だからといって無茶は繰り返すべきではない。
我々が降り立ったこの世界は、道理の怪物だ。
余りにも世界の法則から外れると、世界はその存在を粛清に掛かる。
故の魔方陣。
我々が異能を使う際、そのチカラに魔方陣が浮き上がった事だろう。
それは、世界の修正だ。
異界の法則を、自らの法則の内に納めて、矛盾を無くそうとする世界の修正だ。
修正の限度を超えると、世界はありとあらゆる手段を持って粛清を開始する。
理を超える理は持ち出すべきではない。
努々忘れるべからず。
・魔物に関して
既に邂逅した事はあるだろうか。
この世界に跋扈する異形の存在。魔物といわれるアレらは、人を喰らう。
迷宮や町の外に巣食う彼の怪物たちは、虎視眈々と此方の隙を狙ってくることだろう。
…が、彼等こそが我々がこの世界で生きる事のできる元手となりえる存在だ。
この世界ではクエストという手法が発達している。
様は、仲介業者を介した傭兵依頼の作業である。
我々には前述の異世界法則があり、暴力面で言えば、覚醒さえすればかなりのものとなる。
無一文の我々は、魔物を狩ることで稼いだ賃金を元手として、この世界での生活に混ざりこむ事になるだろう。
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・注意
気をつけるべきなのは、我々が異邦人である、と言うことを大声で広めない事だ。
この世界では、異邦人の存在については在る程度認知されている。
故に、危険なのだ。
異邦人はこの世界に無い知識を多く抱えている。それは、この世界の人間にしてみればコレ以上ないと言う程の宝なのだ。
もしそうと知られれば、彼等はそれを手に入れようと巧に我々の元へと現れるだろう。
知識を疲労するその采配は貴方に委ねるとして、常日頃の警戒は忘れるべきではない。なにも、相手が平和的手段ばかりを取るとは限らないのだ。
…が、だからといってこの世界を嫌わないで欲しい。
この世界は優しい。きっと貴方も好きになる。
・最後に
異邦人の諸君。迷ったのならば、偽京へ進め。
偽京は異邦人の作った町。この国は諸君を快く受け入れてくれるだろう。
訪れたならば、この世界の事を教えよう。
求めるならば、この世界での暮らしを支えよう。
我らは数少ない異世界からの渡り人。
道を求めるならば、偽京の門戸を叩け。
……著:高橋 始