性能テスト3
世界は極限まで引き伸ばされ、俺はその無限に等しい一瞬を全速力で駆け抜けた。
「―――――――――」
声が音にならない。
自分の時間と世界の時間がずれている事を感覚的に実感した。
視覚に色は映らない。
光子さえも歩めぬ中で、ただ世界の魔力だけを形として捉える。
引き延ばされた時間。
アエテルに覚醒した事で、精神はより魂に寄り、肉体の背後、第三者のような視点を手に入れて。
世界に流れる万人に共有されている時間。
それは、この世界で在る為には必須の事柄。
だというのに、俺は半ばそれを逸脱してしまっていて。
「―――――――――――」
ナイフを投擲。
全長10メートル級の大怪獣だが、しかしその速度は体格に見合ってかなり鈍い。
アエテルで刀身を増幅した投げナイフは次々とキマイラに突き刺さり、着実にキマイラの身体へ傷を刻んでいく。
「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」」
キマイラの咆哮が大気を震わす。
―流の遅い時間では、その音でさえ、奇妙に歪んで聞こえた。
「―――――――――」
此方を捉えた獅子の顔。その瞳に向かってナイフを投擲。
―――――!!
グボッ、という爆音と共に、ナイフは獅子の目に直撃し、そのまま脳天を貫き、中に脳漿を撒き散らした。
滅茶苦茶グロいんですが。
「――――イイイイイイイイイイイイイ!!!!!」
痛覚でも繋がっているのか、山羊の頭が悲鳴を上げた。
すかさず次の投擲を放つが、キマイラはそれを軽く跳躍して回避してしまった。
キマイラと俺の性能比で言うと、どちらが有利…と言うことは無かった。
速度と威力を誇る俺。
威力と空間攻撃を誇るキマイラ。
本来であれば、…“気”を使う俺であったなら敗北を喫していたかもしれない。
キマイラは双頭であり、いくら俺が高機動で動こうと、二つの頭の視界から逃れられる物ではなかっただろう。
が、今現在俺はアエテルの力を駆り、大地どころか空さえも縦横無尽に駆け巡って。
当然、国の兵士を相手に戦う心算だったあの魔術師がそんな馬鹿げた相手を想定に入れているはずも無く、キマイラは見事にその機動に翻弄されてくれていたのだが。
「ちょっと…まずったか」
“引き延ばされた時間”を止めて、その様子を観察する。
キマイラの体がグズグズと蠢いて、次の瞬間にはその茶褐色の強靭な身体は、白く針のような毛に覆われたしなやかな身体へと変化していた。
―― エエエエエエエエエイイアアアアアアアアアアアア―――――!!!!!!! ――
咆哮。
禍々しいほどトグロを巻いたその角。
尻尾が蛇で在る以外、それは高山を縄張りとする白い獣の姿でしかなく。
…しかも、さっきのナイフを回避した反応を見るに、頭が一つ無くなって、体と頭の接続がストレートになっているようだ。
頭が二つあれば、当然命令系統には負荷がかかり、その分反応が遅れていたはずだ。
というのに、今一つ頭を潰して、接続はストレートに。反応速度は、山羊頭本来の性能を発揮してくるのだろう。
「ブルルルルル…………」
山羊は頭を下げて、地面をがりがりと削っている。
……あー、この動作見たことが在る。
ハ○ジとかで、山羊どうし頭をぶつけてるアレだな。
……え、正面から来るのか?
身構えて、その正面の山羊キマイラと不意に視線が合う。
『Hey Boy! 何ビビッてんだ、俺が正面から挑もうってのに豚みたいに尻尾を巻いて逃げようッてんじゃネーだろうなこのチキン!!』
…………………
アエテルとか言う以前に、俺に備わった生まれながらの能力…“勘”。
それは今まで、猫が何を言いたいのかとか、人が何を考えているかが朧気に解るという程度の物だったのだけれども。
…今、アエテルを伝わって、確かにそんな意志が伝わったような気がして。
「舐めやがって畜生風情がっ!! 幾ら身体がでかかろうと、貴様なんぞ所詮人類に飼いならされる家畜だっ!! 毛を剃って肉を剥いで角を削って朝の市場で叩き売りにしてやるぞこの紙喰い野郎!!」
獣風情に見下されるなんて、と思わず逆上してしまって。
気付けば加減していたアエテルを全力で開放。黒々としたアエテルが昼を塗りつぶし、辺りを異様な気配に押し包んで。
「―――我が一撃は雷と鳴り。」
祝詞を唱える。
そこに、外界へ対する何かしらの意味は無い。
これは、所詮俺の内側へ語りかける、謂わば自己暗示でしかない。
「終に始まれ、―――」
駆け出す。
山羊キマイラの突進と、俺の跳躍はほぼ同時に。
アエテルを推進元に、その身体は一気に前へと加速されて。
空中で作った蹴りの姿勢。
腰から膝、踵から爪先まで、力の伝導を可能な限り行使して。
―――そして、更に念じる。―――
「――時空間歪曲。」
さっきの、引き延ばされた時間の感覚を、もう一度。
…いや、違う。それでは全く足りない。
出来るかどうかではない。するのだ。
アエテルの錬度が足りない? 気合で何とかする! 気合が無いなら根性だっ!!
もっと、もっと進めて。もっともっと溜めて。
時間と言う流れを一度に…!!
途端、体の周囲に魔方陣が浮び上がった。
俺が顕したわけではないが、きっとコレは俺の所為か。
意識→術式→現象が本来の姿。
けれど、俺はそれを飛び越してしまったか。意識→現象←術式と、俺の引き起こした矛盾を、世界が道理に適う様に変換したのだろう。
そして。
次の瞬間、数十メートルの距離は消し飛んでいた。
俺の脚蹴りはキマイラの額へ。そのアエテルの込められた一撃を叩き込んで。
「エエエエ―――……」
しかし、その一撃は山羊キマイラの身体を押し戻しはせず。
キマイラの表情がニヤリと歪んだように見えて。
―だから、此方もニヤリと微笑み返してやった。
技名は…そうだな。こんなのなんて如何だろう。多少厨二病臭いが、まぁ勘弁。
「クロノ・ストライクッ!!」
途端、圧縮された時間が爆発した。
「――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!???????」
キマイラの悲鳴は音にすらならず、その虚空の傍流に掻き消されて。
瞬時、眩い黒光の渦に飲み込まれたキマイラは、その姿を跡形も無く消し去っていった。
……どうやら、上手く行ったみたいだ。
俺がやったのは、圧縮した時間を叩き付ける…なんていう愚考。
普通何事も、圧縮状態から解凍されると、その容積は瞬時に跳ね上がる。
今回圧縮したのは、“威力”だ。
普通にしたって山を砕くような一撃を、約三秒分も圧縮したのだ。解凍時に一体どれほどの威力になったのか。
破裂したアエテルは、キマイラを見事に消滅させてしまったようだ。
残るのは、ナイフで刺したときに漏れたのであろう大量の血痕と血みどろの臓物の破片、どうも消滅させ損なったらしいその巨大な右前足が一本。
血みドロでゲチャグロなその光景から目を逸らし、力を抜いてゆっくり地面へと舞い戻る。
「…まさか、本当に上手く行くとは」
アニメで見た技なんだけど…まぁ、何事もやれば出来る、と言うことで。
ふぅ、と息をついて地面に腰を下ろす。
やっぱり慣れていないアエテルを行使した所為だろうか、物凄く体が気だるい。
これは、早々に宿に取って帰るべきだろう。
「…結局、格闘でカタをつけてしまった……」
腰に挿した黒ナイフ。
結局コイツの出番は無かったようで……
「ケントッ!!」
叫びに反応して、ナイフを背後に向かって一閃。
途端何時の間に背後に忍び寄っていたのか、その巨大なヘビは胴体を真っ二つに裂かれて絶命した。
「ケントさん、無事ですかっ!!」
大慌てで駆け寄ってきたのは、旅人用のローブで身を覆ったクリスの姿が。
その背後には、数十人の兵士達が隊列を成して外壁から外へと出てきていた。
「やぁ、クリス」
「だだ、大丈夫ですかっ!? 今のは!? キメラはっ!?」
「キメラは消した。んで、今のは…多分、キメラの残党だ」
思い出せばの話。
キマイラの素材には、もう一つヘビの尻尾が使われていた。
もしかしたら、俺が山羊キマイラを消滅させる瞬間、危険を感じたヘビキマイラだけが身体を切り捨てて生き延びていたのかもしれない。
で、山羊キメラを倒して一息ついた俺を、その背後からガブリッ…と、行く心算だったのだろう。
「……まぁ、クリスの御陰で助かったよ」
言って、クリスの頭をぐりぐりと撫でる。
クリスは気持ちよさそうに目を細めて……あああ、可愛いなぁ、この子。
視界の端で兵士さんたちが血みどろの惨状と漂う獣臭と血臭に目を回したり顔を青くしたり倒れこんだりブチマケたりしていたが、まぁそれは華麗にスルーして。
「き、キミ…事情聴取を…」
「うん、それ無理♪」
気丈にも俺を呼び止めた兵士に、しかし俺は漸く仕事ガ終わったその直後で、今はとても疲れていることなどを説明し、「…ああ、なんかまだもう一暴れしたくなって……」などと朗らかに言った辺りで泣いて謝る兵士を尻目に、クリスを連れて町の宿屋へと帰るのだった。
まぁ、実際無茶苦茶しすぎて右足の調子が如何もおかしい。滅茶苦茶腫れて熱を持ってます。…あれ? …あれれ? 何かこの症状って、見た事が在る気が……。
折れてますね。
本日の教訓。
ご利用の際は説明をよく読み、契約内容をご確認の上、無理の無い討伐プランをお申し込みする事としよう。うん。
アト○ンティス・ストライクッ!!
いやぁ、解る人にはわかってほしいこのネタ。
時空間歪曲っていう単語の次にはコレが来ます。
巨大ロボットの必殺技を、生身の人間でやった場合、骨が折れるでは済まないとは思うのだけれども…まぁ、そこはご都合主義という事で。
…魔導書とか登場させたいなぁ。