wktkな買い物
漆黒のアエテルを発現させてから3日後。
俺は異様な程の治癒力を持って、既に全快を迎えていた。
「多分、アエテルに覚醒した事で肉体が力に引き摺られて変化したんじゃないでしょうか」
とはクリス談。
ようするに、肉体のほうが力に追いつく為に強制的に作り変えられた、といった所か。
ちなみに、アエテルに覚醒したのはあの漆黒の光を出した所を境にするらしい。
なんでも、無意識に使うのは覚醒ではなく、ああして意識して力を発現して初めて覚醒と言うのだ。
黒色透明の力は、しかし確かに覚醒と言うにふさわしい変化を齎していた。
「まぁ、如何でも良いが」
ようは、俺が平穏無事に生活できればそれで良いのだ。
問題は、この世界で平穏無事に生活しようと思えば、在る程度の力が必要と言うことであって。
在るものは在るものとして、有効に活用するだけだ。
「あ、コレなんか如何ですか?」
「うん…ちょっと派手だね」
そうして、先ず必要としたのが俺の衣類。
この身一つで異世界へ召喚された俺は、当然着替えの衣類など持ち合わせているはずも無く。
病み上がりながら、クリスにつれられて町の衣服屋を見ているのだった。
「おや嬢ちゃん、彼氏の服を見繕ってるのかい!!」
…まぁ、偶にそんな野次が飛んでくるのは、活気が在る町のご愛嬌と言うことで。
クリスはといえば真っ赤になって俯いてしまっている。
そう可愛い反応をされるとこっちまで赤くなってしまうのだが。
「……と、お」
「何かよさそうな物、見つけましたか?」
「ああ」
少し進んだ所に、ポツリと立つボロボロの店。
見つけたのはその見せに飾られた、薄黒いジーンズのようなズボンと黒いコート。
手にとって見ると、ズボンは意外に柔らかく、コートも予想以上に軽かった。
コレは買いだろう。
手触りもいい。何となく解るが、これは旅人向けに結構頑丈なつくりにもなっている。
サイズを見る。十分に俺が着る事の出来るサイズだ。
……うん、買い。
「コレください」
「はやっ!? 即決ですかっ!?」
「ああ。ヒトメボレだ」
言って店員から衣服を受け取る。
裾直しのために一度ズボンに足を通し、針で止めなおしてからもう一度脱ぐ。
「ちょいと待ちな。このぐらいならすぐにやってやる」
言って、店主は懐から取り出した針と糸であっと言う間にズボンを調整してしまって。
何と言うか、職人技だ。
「もしかして、この店の品って全部オヤジさんの作品か?」
「作品たぁ、上品な言い方だが…ま、俺の手作りってのは間違いないな」
頷くオヤジさんからズボンを受け取り、改めて物陰で其れを履く。
…うん、良い感じだ。
「オヤジさん、このズボン履き心地良いよ」
「そうか。ほめてくれるのは嬉しいなぁ。…ま、割引は出来ねーが」
……ち。
「そりゃ残念だ」
まぁ、そもそも割引なんて期待していない。
良いものには、其れに見合う対価を払う。一応俺のポリシーの一つ。
「なんで此処人来ないんだ? 品物は十分に良いだろうに」
ボロボロの店を見て言う。
これほどの品物なら、進んで買いに来る人間も居そうだと思うのだけれど。
「それが、最近はケバイのが町の流行みたいでな。質実剛健なんてのは流行らないみたいだ」
言って店主は肩を竦めて。
…でも、解る。
この店主は、たとえ流行がこのままケバイ物が続こうと、きっとこの質実剛健を体現したような服を作り続ける。
それが、この店主のポリシーなんだろう。
下着を数着見繕って、役所で両替した銀貨を数枚渡す。
「贔屓にさせてもらうよ。また来るまで潰れんなよ」
「あいよ。またのご来店お待ちしてんぜ」
言って、店を出る。
「真っ黒装備……」
店を出て一番最初のクリスの一言は、そんな言葉だった。
黒黒黒。
…夏場は辛いんですよ、黒。