高速戦闘
すれ違い様に包丁の一撃を与える…が、男の着込んだ鎧は想像以上に硬く、鈍い金属音と共に此方の刃は弾かれてしまい。
「ふははははっ!! ギキョウ製の防具だ、軟な攻撃は効かんぞっ!!」
「お前の力でもなかろうにっ!!」
上機嫌で笑う男に悪態を返しつつ、しかし勢いよく振り下ろされたアックスを、宙を蹴って咄嗟に回避する。
この大男…想像以上に手強い。
屈強な身体に似合わぬ素早さと、筋肉とこの鎧の二重防御。
そして鎧にカバーされる事で存分に振るわれるバトルアックスの一撃は、馬でさえも一刀両断にたたききる。
…正直な話、一撃離脱の俺としてはやりにくい相手だ。
「貴様、アサシンか」
「…スキル的には近いな」
「ふんっ、日陰者が正面から俺に挑むなんぞ、自殺行為もいいところだっ!!」
そう。これはいわばアサシンがバーサーカーに挑むような愚行。
相性というのが、この上なく悪い。
…が、それでも。
それは、俺がアサシンであった場合の仮定だ。
「人を日陰者なんて、失礼なことを言わないでくれないか?」
「あん?」
「俺は俺だ。アサシンでもなければ、戦士でもない。俺は、ただの俺だ」
腰から釘を抜き出す。
正直、此処で惜しんでいたら殺されかねない。
ピピピピピピッ!!
放つ鈍色の棒手裏剣。しかし、事前に俺が武器を持ち替えた事を見取っていたのだろう。
大男は即座に斧を翳すと、それを扇風機のように回転させて、釘の大半を叩き落してしまっていた。
「なにっ!?」
「お返しだあっ!!」
男が腰から抜き放ったのは、一般的に作業用に使われるような小さな手斧。
その手斧を、男は投擲武器として用いてきて。
「うおっ!?」
咄嗟にしゃがみ込んでそれを回避する。
今の一撃、かなりの威力があった。俺の棒手裏剣でも、止められたかどうか……。
「そこだっ!!」
「ちいっ!!」
乗り換えた無人馬から咄嗟に飛びのく。
横薙ぎに払われた斧は、馬の首を叩き落していて。
「くううううっ!!!」
着地地転に馬は居ない。
……走れと!?
「ぬおりいいいいいやああああああああああああ!!!!!」
全身の気を込めて足に力を入れる。
クサの大地に足がめり込み、確りと蹴った大地と、その反動で前へと押し出される体。
「なっ、馬に追いつくだとっ!? テメェ本当に何者だっ!!」
「人間様だよっ!!」
大男のまたがる馬のケツ。其処に向かって釘を3本、一気に投擲する。
真後ろ。ここなら、大男の戦斧での防御は体勢的に不可能だ。
案の定、馬のケツに刺さった釘。馬は大きく嘶いて、そのまま前足を持ち上げて。
「うおっ!?」
言って、男は思い切り落馬してしまった。
「て、テメェ…!!」
「ぜー…っ、……っ、かっ、……ふぅ。これで漸く対等な条件だ」
自身を賦活して、呼吸を強制的に整える。
気の巡りは十全。
馬車は落馬した俺達を置いて、はるか遠くへとあっと言う間に行ってしまう。
ギリギリと歯をかみ締める大男。
…敵の大将級を此処に引き止めて仕舞えれば、正直此方の勝利なのだ。
「貴様あああっ!!!」
「遊んでやるよ。来い、斧男」
右手に包丁、左手には釘を構えて。
――ギンッ!!
火花が飛び散る。
包丁と戦斧。通常ではありえない、異様な光景。
薄い鋼の刃が、巨大な鉄の刃を受けきっているのだ。
「ぬあああっ!!」
「破っ!!」
大男の一撃の合間に此方は数十の刃を叩き込む。
加速する意識と肉体と魂。
既に魂は時間からはずれ、一秒は何千倍にも膨れ上がったような景色。
肉体は当然のように悲鳴をあげ、しかし其処に気を叩き込んで無理やり動かす。
ギッ、ギィンッ!!
武器と武器、鋼と鋼、刃と刃がぶつかり合って、虚空に飛び散るのは威力の火花。
千の一と、一の千を当てあって。
けれども、此方が当たるわけには行かない。
当てられることは、つまり此方の敗北を意味する。
この引き延ばされた時間の中で、どれほどの時間を戦い抜けるか。
戦えば戦う程にダメージを蓄積していく体。回復特と強化。それを、ダメージが上回った時点で此方の敗北は決定する。
ギイイインッ!!
武器と武器が弾け合う。
一度大男との距離を離して、呼吸を整えなおした。
「……っ、…っ、………」
「ゼー、ゼー、ゼー……」
大男のほうも、蓄積したダメージは相当なものだろう。
幾ら守りの堅い鎧とは言え、幾ら強靭な筋肉を纏っているといえ。
空振りが続けば疲労はたまるし、蓄積された振動は微細な違和感となってダメージに変わる。
「…まさか、こんなに早くに必殺技を出す羽目になるとは」
言って、再び完全武装で、半身に成って構える。
必殺技。嘗ての世界では必要としなかった、俺考案の高威力スキル。
正直この年になって必殺技とか、ちょっと恥ずかしかったので、というのも封印していた理由の一つだったりする。
「ほぉ、必殺技か。それを俺にぶつけると?」
「貴殿は強い。全力を出しても、勝てそうにないんでね」
「ふんっ、相性で勝っているのに、未だに勝てん俺が問題なんだとは思うが……ククッ、強者とやり合えるってのは、中々に楽しい」
大男はそう言って戦斧を右手で構え、左腕で身体を守るように盾にして。
「なら、俺の奥の手ってのを見せてやる。喜べ、弱者には見せん」
「ふん、俺としては喜べないなぁ…」
言いながらも、少し楽しく感じている自分が居た。
極限状態。こんな状態を感じなくなって久しい。
前の世界は争いこそ多くても、自分の身体で戦うような漢なんて少なかった。
どいつもコイツも、数で攻めて来るばかり。
意志も主義も目的も、主張も意地も目標も無く。
そんな愚物を蹴散らすに比べて、この大男との戦い甲斐の在ること。
目的こそ違えど、この大男は大男なりの目的を持ってこの場に立っている。
「ふん。悪役にしておくには勿体無い」
「てめぇこそ、正義の味方は似合ってねぇ」
クスリと笑って、腰を落とす。
残存の気の量からして、攻勢に出れるのはコレが最後だろう。
それでは、俺にしては珍しく、技名を呟いてみるとしよう。
「――奥義、“戦風の目へ挑む”」
意識が魂側へと引き寄せられて、肉体の感覚が第三者視点からの情報へと切り替わる。
瞬時に肉体をトップスピードへ。
既に視認すら難しいこの速度。大男を中心としたバトルフィールドが形成されていて。
形作った竜巻から、大男へと向かって一撃を入れる。
「ぐっ」
二撃、三撃。速度は上がって行き、それは次第に一つの動きへと形を変えていく。
大男の正面からすれ違い様に鎧を切りつけた。
大男の背後からすれ違い様に切りつけた。
大男の右側からすれ違い様に切りつけた。
大男の背後からすれ違い様に切りつけた。
大男の左側からすれ違い様に切りつけた。
大男の正面からすれ違い様に切りつけた。
大男の左側からすれ違い様に切りつけた。
ランダムに、しかし続けて放たれる金属音は、一つの音へと昇華して。
大男の動きが止まる。
そのタイミングこそが、必殺の一撃を入れるタイミングだ。
今までは所詮前座。全ては、この一撃が為に。
「散れえええっ!!」
「お前がなあっ!!」
突如として、男の体から紫色の気配が弾けた。
これは…。解き放たれた魔力の圧力が、一瞬俺の速度を減衰させて。
「チイイイイイッ!!!」
「オオオオオオオッ!!!」
大男の戦斧の一撃。刃を交わして、しかしかわし切れずに額をこすってしまう。
けれども、止まらない。止めない。
踏み込んだ一撃で、その包丁を男の胸に突き立てて。
―――パキンッ。
「――まさか、俺の鎧を破るとはな」
「…ギキョウ製品だっけ? 確かに、言うだけあって硬かった」
「キャラバンを襲撃した時に得た一品だったんだがな。……よもや、包丁如きに破られるとは思っても居なかったぞ」
「…まぁ、こっちの武器も砕けた」
手元を見る。
其処には、柄を残してボッキリと折れてしまった包丁の残骸が握られていて。
この刃の先端は、大男の割れた鎧の胸に、確りと突き立っている事だろう。
「この勝負は、俺の負けだな」
「いいやぁ、俺は本来斧使いだ。その俺に、斧以外を使わせた、お前の勝ちだろうよ」
「…ククッ、とは言っても」
腹を見る。
そこに、ズップリと突き刺さっているのは、柄から刀身まで全て黒に染まったナイフ。
段々と感覚が戻ってきて、少しずつ痛み出してきた。
あの、最後の一撃の一瞬。懐に入った俺を出迎えたのは、大男の左腕に握られた黒いナイフだった。
左腕は盾にしたわけではなく、腰にさしたそのナイフを構える為のフェイクだったのだろう。
カウンター気味に貰ってしまったその一撃は、しっかりと腹に食い込んでいて。
――つまり、大男の奥の手…カウンターを、俺は見事に喰らってしまっていた。
気で痛みを遮断しこそすれ、…多分、大怪我。
「俺は致命傷を貰ってるんだがね」
「治療すれば生き延びられるだろうが…。そのナイフは、お前にやる。それもギキョウ製の特殊素材で作られた一品だ」
そう言って、大男は何時の間に戻ってきたのか、大男の大きな馬へとまたがって。
「任務は失敗しちまったわけだ。…まぁ、お前と戦えただけでも儲け物だ。俺はヴェント。『大斧のヴェント』だ。またやり合える機会を楽しみにしておくぞ」
ニヤリ、と。笑うような気配を残して、重量級の蹄の音は、しかし何時の間にか遠退いていって。
「……か……はああぁぁぁ………」
息を吐きながら、内臓を傷つけないように優しくナイフを抜き取る。
やっぱり完全に黒染めの、しかしそれでも光沢を放つ奇妙なナイフ。
其れを腰に収めて、何時の間に来たのかすぐ傍にいた馬へと近寄る。
「よう」
「ヒヒィン」
「ああ、腹をブッスリ。放置すると流石に死ねるから、大急ぎでクリスの所へ連れて行ってくれ。ほら、さっき後ろに乗せた子だよ」
言って、馬の背中に乗る。
馬はゆっくりと、気遣うように振動を少なくして走り出してくれた。
「…………………」
残り少ない気で腹部の傷をとりあえず癒して。
…駄目か。意識が遠くなっていく。視界が暗く、音が遠く。
「…後は、任せるよ」
言って、意識を手放した。