追走
やっぱり、おかしい。
元来、気を他人に分け与える事は出来たが、然しソレは精々新陳代謝を上げて自己治癒能力を少し促進する…程度のものだ。
が、今さっき。俺は馬の身体の気をも操り、その身体能力を強化した。
こんな事、気の総量がよっぽどではないと出来なかった筈なのに。
「そういえば…」
昨日の晩…今朝方の襲撃だってそうだ。
よくよく考えれば、あの距離を半睡眠状態で察知できるなんて、今まであっただろうか。
ありえない。
それに、さっきの身体能力。幾ら気で強化しているとは言え、あんな無茶をすれば足が折れていたって不思議ではないのに。
ステータスが底上げされている?
いや違う。この世界に来てから、妙な速度で俺が成長させられている??
他からの干渉は大きく感じられないし、…なんだろうか。
「……ま、いいか」
考えても、答えは出そうにない。
まして害が在るならまだしも、俺にとっての害足りえるものは一つもない。
伸ばせるなら、有効に使えば良い。
「さて、そんじゃさっさと先方に合流しないと…」
言って無意識に気を探知して気付く。
悠前方。先に行ったはずの馬車の方向に、しかし何故か多くの人気を感じる。
そして其処に満ちているこの気配は……。
「闘争の気配…!? まさか、囮か!?」
戦力を此方に回して、その隙に本命を叩く。
賊にしては巧妙。…しかし、その場合内通者が居ると思うんだけれども。
「まぁ、俺には関係ないか。…とりあえず、助けに行けば良いし……あ、ちょっと」
言いつつ、馬車に近寄って先ほどの侍女の少女に声を掛ける。
「あ、はい。さっきは有難うございましたっ!!」
「ああ、いや…うん。如何いたしまして。まぁ、それは良いんだけど、少しお願いが在るんだけれども…」
「はいっ! 何なりとお申し付けください!!」
なんだろうか、物凄くキラキラした視線を向けられている。
まぁ、お願いを聞いてもらえるというのなら、何でも良いか。
「んじゃ、一つ頼むよ」
言って、少女の耳元へと口を寄せて、ソレを小声で囁いたのだった。
デデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデデ…………………
馬の速度は今や軽く音速に近づいていた。
少女…クリスの扱う精霊の風の加護によって、馬を基点とした少しの範囲には風圧と言うものが存在していない。
大気と言う枷が外れ、気と言う力で思い切り水増しされたこの軍馬は、今元来以上の性能を持って広原を駆け抜けていた。
俺の頼みとはつまり、先行するに当たって俺以外の戦力を保持しておきたかった、と言うことだ。
仮令増援に駆けつけたとて、俺一人では出来る事に限りが在る。
兵士を引き連れていては間に合わないだろうし、だからといってこの馬にのせて運べるのは精々あと一人。
で、思い浮かんだのが魔術師の類を連れて行けば良いんじゃないだろうか、と言うこと。
「あ、あのっ!! 出来れば私が精霊術を使えるって居る事は内密に…」
「ん? んじゃ、俺が今回暴れてたって言うのも内密に」
一応、兵士側からは見えないように戦っていた。
ばれているかもしれないが、下手に広まるよりは効して口止めをしておいたほうが良いだろう。
「…っと、見えてきた。クリス、わかってるかい?」
「ケントさんが先行して敵を蹴散らして、その隙に私が馬車内を制圧。安全を確保して、精霊の加護を持ってその場から離脱…ですね」
「たいした数は居ないから、振り切ることは簡単だと思う。ただ、間諜が居る可能性も在る。術は小さく素早くを心がけてくれ」
「はいっ!!」
うん、元気な子だ。
妹とかいたらこんな感じなのだろうか。
…まぁ、金髪碧眼の美少女が妹なんて、どんだけ妄想してるんだと言う話なんだが。
「さて、そんじゃ馬。突貫頼むぞ」
「ヒヒィン!!」
応えるように馬は嘶いて、俺はその鐙の上で立ち上がる。
体の調子を確認して…馬に気を回していたというのに、それでも体に残る気は十二分に在る。
恐いものも在るが、しかし今は有効に使うべし。
「……ふんっ!!」
馬の背中から飛び上がって、更にもう一度宙を蹴る。
空渡り。
じじいのじいさまが体得したという、空を飛ぶ技。
…って言うと少し語弊がある。俺が扱えるのは、所謂二段ジャンプといった所か。
その昔じじいの…ご先祖様がであった“空渡り”の種族。彼等は風に触れ、空を自在に闊歩する異能者だったのだとか。
何故かは知らないがご先祖はその連中と戦い、結果仲良くなって、互いに技を教えあったのだとか。
ご先祖は基本的な武術を。空渡りの一族は基本的な空渡りの術を。
で、俺が覚えたのは空中に“気”を足に向かって反発させ、その反動で思い切り宙を進むという技だった。
単発で在る分、気の消費は少ない。…まぁ、今の気の総量なら、普通に空も飛べそうな気がしないでもないのだけれど。
流石に、其処まで無茶はしない。
空中を踏み締めて、最後尾で弓を引いていた盗賊の後頭部へと一気に膝蹴りを見舞う。
「ゲゴッ」とか嫌な悲鳴は無視して、そのまま馬の背を蹴って左翼へ回り込む。
見た所右翼はダニエルさんが奮戦しているみたいだし、十分に大丈夫そうだ。
後方の包囲を解いた事を確認しつつ、兵士を切り倒して馬車に取り付こうとしていた兵士の首に延髄切りをかます。
途端崩れ落ちて視界の果てへと転がっていく盗賊。
「む、新手かっ!!」
そんな声が聞こえて、咄嗟に盗賊の馬の上から飛びのく。
ズドンッ、と言う音と共に、ソレまで立っていた馬が一刀両断されていて。
「うわ、グロ…」
「ふん、俺の一撃を避けるか…面白い」
馬車の幌の上に降り立って。
馬車の横を併走する巨体。両手に持った戦闘用の斧…バトルアックスだろうか…を手に、巨大な馬にまたがった巨漢。
鎧を纏ったその姿は、盗賊と言うよりは…
「傭兵崩れかな?」
「ほぅ、看破するか。ならば、只のガキでもなさそうだな」
しまった、当たってたか。
下手に警戒させてしまった。…まぁ、いいか。
「ふん、…名はケント。いざ、参る」
左翼に残って馬車に取り付こうとしていたいた一人へ蹴りをかまして、その反動を利用して、一気に大男へと飛び掛った。