カー…じゃなくて、馬車チェイス
「ふぅ」
後方の陣営との戦闘は実にあっけなく決着がついた。
砕けて散弾になった石は、相対速度の関係もあってかなりの威力を持って後方の盗賊連中を直撃し、結果連中は見事にひっくり返って、あっと言う間に視界の彼方へと消え去っていった。
「……うん」
矢張りおかしい。
今込めたのは、この世界に来てから気を調整して扱って、ギリギリ石が気の内圧に耐えうるレヴェルだったはずだ。
なのに、石は気の内圧に耐え切れずに自壊した。まぁ、今回はそれが功を制したが。
「…俺の性能が上がってる…?」
首を振って気にするのを後回しにして、次いで併走する盗賊連中に向かって投擲を開始する。
今度は気を調整して、砕け散ってしまわないように…。
連続して投擲した石は、次々と盗賊たちの脳天やら、連中の駆る馬を直撃していく。
落馬し、錯乱しだす馬の所為で更に乱れていく盗賊の陣営。
「奴だッ、奴を仕留めろっ!!」
どうやら此方に気付いた人間が居るようだ。が、今更遅い。
既に盗賊連中の半数…右翼の大半は片付けてしまった。残っている勢力も、十分に…。
「――あ」
石が切れた。
……ああ、そうか、ゴブリンから始まって、どうせ消耗品だと言うことで補充してなかったからな、石ころ。
まさかこんな激戦になるとは思ってなかったし。
「ぬうう………ん?」
飛来する矢を鞄で叩き落としつつ、何かないかと視線を動かして。
馬車の少し離れた後方。無人の馬が馬車を追うような形で走っている。
軽く鎧を纏った、黒鹿毛っぽい馬だ。多分、誰か兵士が乗っていたのだろう。
「……よし」
多少恐いし、失敗するかもしれないが。
こころを決めて、馬車の幌の上から一気に飛び降りる。
身体を強化して、地面へ着地。一瞬で地面を再び蹴り上げ、その馬の上へ……よし。
ドスンッ、と音を立てて馬の背中に着地する。
一瞬錯乱しかけた馬だが、気を通して敵意がないことを示す。動物って言うのはより直感的な生き物だし、知能の高い類は大抵は気で話しかければ応えてくれる。
ダメージを受けたであろう馬の背に軽くヒーリングを掛けつつ、自らの気を馬へ。そのまま馬自身までを俺の一部として強化する。
馬の驚くような気配を感じて、しかしそのまま気を通して馬へと語りかける。
馬のほうは即座に了承してくれ、手綱を持つこともなく自ら此方の意に沿った行動を取ってくれる。
なんというか、コイツ、馬の癖に騎士だ。
速度を増した馬は、そのまま一気に馬車の外側へ…左翼盗賊連中の背後へとついていた。
「な、馬鹿なっ!!」
「いいから撃てっ!!」
「野郎、早すぎるっ、何なんだあの馬はっ!!」
気で強化した所為だろうか。
馬は物凄い勢いで左右へ体を逸らし、飛び寄る矢の尽くを回避していく。
…酔いこそしないものの、物凄く尻が痛い。
「ヒヒィンッ!!」
馬は更に速度を増して、盗賊連中の固まっている部分へと突っ込んでいく。
鐙に足をかけ、身体を起こして。
腰から包丁を抜き出して。
「行くぞっ!」
「ヒヒィンッ!!」
一瞬、馬の機動力が格段に上昇する。
残像さえも掻き消えて、音を残して駆ける超高速。
すれ違い様に振るった包丁は、その尽くを切り崩して。
「うわああっ!?」
「な、何だ、何が起こったっ!!」
「おい、暴れるな…うわっ!?」
盗賊の一団の列が乱れる。
現状で盗賊と兵士達の数は五分五分。
そこに俺の介入行動で左翼盗賊たちは一気に体勢を崩して。
重要器官に傷はつけなかったが、それでも腹を刺され、傷を抉られ。
一瞬で悶絶級の傷を付けられた盗賊連中は、そのまま馬の制御を失って落馬したり、何処かへと走り去ってしまったり。
そうして陣形が崩れた所に兵士達が切り込み、戦闘はあっと言う間にカタがついたのだった。
「お疲れ様」
「ヒヒィン!!」
背後に盗賊たちの悲鳴やら罵声やらを聞きつつ。
追い抜かした盗賊たちの前方で、殆ど気を抜きながら馬の頭を撫でてやるのだった。
誤字指摘、有難う御座います。