その弓が欲したモノ
男は弓の名手だった。彼は猟師で、その腕前は国一番だった。
彼の放つ矢はどんなに足の速い獣も射ぬき、山ひとつ向こうの獲物すらも仕留めた。
男の手にはいつも愛用の弓が握られており、片時も手放さなかった。
その弓は彼が産まれた時に植えられたイチイの木から作られたという。
いつからか、山に人食いの化物が現れて次々と人を襲っていった。
国は化物を退治するために勇者を募ったが、化物は手強く皆返り討ちにあってしまった。
誰もが敵わないと思った化物に、男は愛用の弓を片手に一人で立ち向かう。
彼の放った矢は化物を見事に射殺し、彼こそは真の勇者だと国中から讃えられた。
そんなある日、平和な男の村が山賊に襲われてしまった。
男は弓で奮戦し、山賊の頭領を追い詰めるも一人の娘が人質されてしまう。
その娘は男が片想いを寄せる相手で、彼は娘を助けるために頭領だけを自慢の弓で射ろうとする。
しかし何故か矢は娘に当たり、死んでしまう。男は怒り、嘆き、その場にいた山賊も村人も全員殺してしまった。
それ以来、狂人と恐れられた男に近づくものはいなくなった。
男は孤独に生き、ただいつものようにその手に握られた弓を射る。
噂では、男の死体が森の中で見つかったという。
どのように死んだのかは分からないが、愛用の弓の弦が男の体に巻き付いて離れなかったという。