9話
須賀が見せた動画の内容は空港のバゲージクレイムエリアで乗客がパタリと倒れ、30秒程でムクリと起き上がると周りを次々と襲い始める映像だった。
山本は爪楊枝を咥えたまま、うーんと唸り腕組みをして考え込んでいた。5分程唸り続け山本は静かに口を開いた。
「須賀、この動画はいつ撮影されたやつだ?」
「うーん、撮影した日は分からないけどネットにアップされたのは今日の早朝04:00ごろですね。投稿者のコメントにはラガーディア空港で撮影したって書いてありますね...あっ、『beginning of the end...』終わりの始まりって書き込んでありますね。」
「ラガーディア空港ってどこだ?」
「ニューヨークの空港ですね、国際空港なんですけど、税関と入国審査が無い空港で有名です。」
「ニューヨークねぇ。アメリカ、いつか行ってみたかったなぁ。もう無理っぽいけどな。それで、須賀はこの後どうするんだ?籠城か?いつまで部屋に籠るんだ?永遠にか?」
「永遠は無理でしょう。とりあえず初期の混乱から身を守るための籠城です。その後は正直なところ出たとこ勝負ですかね?」
「ね?って、聞くなよ。その後の活動に一番必要になるものは何だ?」
山本は動画投稿サイトを適当にいじりまわしながら山本に問いかける。
「うーん、何でしょうかね?食料を持続的に供給できる畑?電力を作るソーラーパネル?正直たくさんありすぎて、一番は決めれません。」
須賀は思いたものをノートに書き留めながら山本の問いに応える。
「ばぁか、一番だぞ、一番!こんな簡単な事も想像つかないのか?大学で何を勉強したんだ?一番は身を守る物だろ?自分の生命があってこその食料や電気の心配だろーが!」
ノートに落書きをし始めた須賀はハッとした表情でうなずく。
「つー訳で、須賀の言う混乱が始まるまでは、武器の調達と身を守る兵隊の確保だな。兵隊はおれの後輩を無理やり引き込むとして、武器だな。須賀はどんな物がいいか思いつくか?」
「銃があるに越したことはないですが、当たるかどうかが問題ですね。それに弾が尽きればただの鉄パイプでしかないし入手も難しい。バールとか手斧、スコップなんか良いとおもって昨日のうちに買っておきましたよ。」
そう言いながら須賀はホームセンターで入手した武器を山本の前に並べる。
「おぉ、なかなか良いアイテムじゃねーか。ところでこのバールを持って思いっきり、力いっぱい30回素振りしてみてくれ、連続でな。」
須賀は疑問に思いながらも山本に言われた通りに素振りを始めた。
10回を超えたあたりで息が切れはじめ、25回を超えたころには手が上がらなくなっていた。
「ひょろひょろの須賀にしては頑張ったんじゃねーか?それがお前の限界だ。実戦は興奮して息も切れやすくなるから5回とかが限度じゃねーか?慣れない動作になるからたぶん俺も似たようなもんだと思う。まぁ俺は慣れた武器が家にあるから問題ないとして、お前はなぁ。まず接近戦になる前に倒す方法を見つけないとな・・・。となると、やっぱり銃か?」
「駅前のミリタリーショップでボウガンが売ってましたけどあれは?」
「須賀にしては冴えてるじゃねーか。使った矢も回収すればまた使えるしな。早速、買いに行くぞ!須賀、出かける準備しろ。」
そう言うと山本はノートパソコンをパタンと閉じ、立ち上がるとさっさと靴を履き表に出た。
「これだから脳筋は・・・。まだ店は開いてないんじゃないか?まぁいいか。」
須賀はそう漏らすと部屋着を脱ぎ、用意を始めた。
「須賀遅い!食後の筋トレが一通り終わったぞ。」
「すみません。いきなりだったんで用意に手間取りました。」
「まぁいい。乗れよ。」
山本は車で須賀のアパートに来ていた。
元暴走族の山本の愛車は、セダンやスポーツカーではなく、意外にも古い四駆だった。
悪路での走破性を高めるため車高を高くし大口径のタイヤを履かせ、フロントにはウインチを装備した本格的な四駆で、さらに山本は月に一度は愛車に乗って他県のオフロードコースに泊りがけで走りに行っていた。
「山本さんの車って、終末の世界にぴったりですよね。これで窓に金網を装着すれば完璧じゃないですか!」
「おぉ、そうか照れるな。まぁ俺みたいにもしもの時のための準備をしてる男はそういないだろ?なーんつってな。」
事実、山本がオフロードの世界に興味を持ったのは大震災のニュース映像がきっかけだった。
救援物資を運ぶトラックやボランティアに向かう車が道路の陥没等で現場に到達できず、長い渋滞を起こした映像を見て、熱い元ヤンの山本は四駆を購入する決意をしたのだった。
「このまま駅前に行くんですか?まだ店は開いてないと思いますけど。」
「んーなことは分かってるよ。まずは俺んちに非常食と着替えやテントなんかを取りに行く。そのあとホムセン行って、鉄工所だな。」
「非常食なんか常備してるんですか?意外ですね。」
「もしもの時のためよ。地震とかミサイルとかな。」
「ホームセンターは分かるけど、鉄工所は?」
「さっきお前が言ったじゃねーか、窓に金網って。ホームセンターで金網買って、鉄工所で溶接してもらうんだよ。」
「あぁ、なるほど。」
「金網と加工費はよろしくな。」
「えー!?まぁ、どうせお金なんて紙屑になるから別にいいですけど、あまりいい気分じゃないなぁ。」
「っツーわけでこの車の窓に金網を取り付けてもらいたいんだけど、ちゃちゃーと溶接出来ますか?」
「あー?出来ない事はないが、車の電気系統イカレても俺は知らんぞ?それでもいいか?まぁ、溶接箇所の近くにアースを取れば大丈夫だが、絶対は無いからな?」鉄工所の気の良さそうなオジさんがそう言う。
「んで、取り付けるのは窓の内側?外側?」
「モチロン外側っす!」
「あー、わかった。外側なら早いぞ。半日もかからん。ただ、溶接箇所は塗装を剥がして地金を出す必要があるが、いいか?」
「オッケーっす。」山本が元気良く返事する横で須賀は考え込んでいた。
「山本さん、金網付けるのは内側の方が引っかかりが無くていいんじゃないですか?」
山本は両手を広げて肩をすくめ、やれやれだと言わないばかりのポーズをしながら、
「これだから大学出の僕ちゃんは!いいか?外からの侵入を防ぐには、金網は外側、内側から逃がさない為には内側って、相場が決まってんだよ。
機動隊の装甲車は外側に金網だろ?逆に囚人を運ぶ護送車は内側だろ?警察署も内側に鉄格子ってなもんよ。」
「さすが前科者は違いますね。」
「前科はねーが、逮捕歴はある。って言うか、喧嘩売ってんのか?」山本は拳を振り上げ須賀を追いかける。
「おぃ!キャッキャうるせーぞ!邪魔んなるから外に出とけ!」
鉄工所のオジさんに一喝された二人は大人しく外に出るのだった。