58話
「作物の5%は出せます。ただし、アウム教団への帰依は無しです。それがギリギリの答えです。あなた方も、お布施とやらが無いと困るのでしょう?」
新田はそう冷静に淡々と答える。それを聞いた小川が興奮し、食って掛かる。
「そんな大事な事、お前が勝手に決めていいと思ってるのか?」
小川は興奮して、掴んだ目黒の襟首をグリングリン振り回す。振り回されている目黒は首が締まり青い顔になりかかっている。
「小川さん、ちょっと黙ってて。」
「いいや、食べるって大事なことだ。たくさん食えて、安全に寝るところがあって、初めて他人に優しくできるんだろうが!食えないって事をお前は経験した事あるのか?おれはあるぞ。それにここは大人たちだけじゃない。小さな子供だっている。その子達に我慢させるのか?」
「もぅ、交渉の時にこちらの状況をさらけ出しちゃダメでしょ?とにかく小川さん、今は黙ってて・・・。
目黒さん、今聞いた通りに、ここは大人達だけじゃありません。小さな子もいます。それこそ、乳飲み子だっています。5%だって、ギリギリの数字だと私は見ています。あなた達が踏み荒らした作物も食べる事はもうできませんし・・・。
作付け面積にくらべ、人口が多いくらいです。正直なところ、これ以上の譲歩はありません。これ以上を要求されるのであれば、この小川さんに様に憤慨し、最後の一人になるまで徹底抗戦をするなどというバカげた方針を取りかねませんし、私はそれを抑える自信はありません。
私は今後あなた達が襲ってこないという確約が取れれば収穫物を差し出すことは良いと考えていますし、責任もって周りを説得します。
ゼロよりもましだったと思って、この数字を飲んでもらえませんか?
それぞれ数字を出し合って中間地点で合意するなんて時間の無駄もしたくありませんので、私からの提示はこの数字が最後ととらえてもらって構いません。」
新田の発言を聞いて青い顔から回復した目黒は目をつぶりしばし思案した後、新田の案に合意した。
「わかりました。5%でいいでしょう。その代わりといってはなんですが、私の部下が定期的に見回りに来ますので、その滞在費ではありませんが、滞在中の食料を提供してください。」
「まさか部下が100人単位で来て、その食料を提供しろとは言わないですよね?せいぜい出せて一度に1~2名ですよ。それに、何か月もとか長居も困ります。せいぜい2~3泊程度で帰っていただきましょう。」
「えぇ、そんな揚げ足を取るような事はしませんよ。あくまで連絡要員ととらえてもらって構いません。」
「わかりました。その条件で皆を説得しましょう。ただし、その連絡要員が、この村人に無法を働いた場合は、簀巻きにして外に放り出します。その際の生死は保証しませんし、こちらに責任を負わせないでください。その辺りの指導だけはしっかりとお願いしますね。我々はイーブンな関係であって、決して奴隷ではありません。」
「あぁ、それは約束しよう。」
目黒は鷹揚にうなずく。
「では契約成立ですね。今の内容を簡単にまとめると、①年に一度、この野球場の収穫物の5%をあなた達に引き渡す。②連絡要員の2~3泊程度の食料の提供。③アウム教団のここへの不可侵。この3点で間違いないですか?」
小川は冷静に指を1本1本出しながら説明し、目黒の同意を待つ。
「あなたの様に冷静で協力的ならば、こんな風に畑も荒れる事はなかったのですがね、その条件でいいでしょう・・・。ところで、このチンピラはいつまで私を掴んでいるんでしょうかねぇ。」
目黒は汚いものを見る目で小川に視線を向ける。その瞬間、小川が握りこぶしを目黒に叩き込もうと弓を引くが、新田が慌ててそれを止める。
「小川さん、もう約束したからそんなことしちゃだめだよ。」
「いいや、俺は約束してない。お前が勝手にやった事だ!俺は知らん。」
「もう、ちょっとこっちに来てください。」
新田は真剣なまなざしで小川に訴えると、小川はその迫力に若干驚いたのか、子供が叱られたようにちょっとすねつつも、素直にわかったと小さく返事をする。
それを見た新田はついてくる様に小川に言い、野球場のロッカールームに向かう。
新田はロッカールームに小川を連れてくると、周りに誰もいない事を確認すると小川に説明する。
「いいですか?さっきの交渉で僕はなんていいました?」
「あぁ?5%をタダでやるっていってた。」
「それは毎月ですか?半年に一度ですか?」
「年に1度って言ってたなぁ・・・。あぁ、なるほど。わかった。」
「そういう事です。日々収穫できる野菜類は入っていませんし、これから2毛作でしたっけ?年に2回収穫する計画でしたよね?それもカウントしていません。年に一度だけ5%を提供すればいいだけです。日持ちの良い大豆等の穀物類であれば目黒も納得するでしょう。さらに、聞き逃していると思いますが、作物はこの野球場で収穫されたものに限定しています。今後増やす分は数に入れていません。野球場以外に作付け面積を増やせば5%なんてただの誤差になりますよ。さらに、日米地位協定ではありませんが、互いの立場はイーブンだという事に合意を得ています。乱暴者はたたき出すとまで宣言していますので、横暴な連絡要員が来ることはないでしょう。来ても宣言通りたたき出せばいいんです。」
「新田さん、お前ぇさんは天才か?そんでやっぱりあの目黒は俺以下のレベルだな。」
「あんまり他人を見下してると目黒になりますよ。」
「あぁ、それは違いない。 俺は頭が悪いから 興奮して済まなかった。そしていろいろありがとう。」
「いやいや、小川さんが皆を思う気持ちが表れていただけですよ。気にしなくていいです。さて、ここから戻るときには、私に説得されたてシュンとした雰囲気でお願いしますね。」
「おぉ、了解だ。」
ロッカールームから出てきた小川はオーバーにショボーンとした雰囲気で歩く。
「小川さん、ちょっとやりすぎ。嘘くさいですよ。」
後から続いて出た新田が小川の陰に隠れダメ出しをする。
「そ、そうか?」
今度は胸を張って堂々と歩きだす小川、それを見た新田はため息を一つ吐くと、この人は程度というものを知らないのだなと思うのであった。
ちょっとお休み中です。




