57話
小川は目黒を拘束し野球場内のゾンビと信者を退場させる事に成功した。
「くふぅ、一生の不覚です。こんな低レベルの人間に捕まるとは…。」
目黒が中空を見つめ、誰にも視線を合わせずにブツブツ呟く。
「はいはい、俺達よりも低レベルが確定したところで、目黒のおっさんゾンビがお前らを襲わないからくりを吐いてもらうか?」
小川は目黒の首筋に当てたナイフに少し力を入れて聞く。
「誰が教えますか!マルナーからの隠れ蓑は秘法中の秘法、あなたがアウムに帰依するなら教えてあげても良いでしょう。」
「お前自分の立場が分かってないみたいだな?」
小川はそう言うとナイフを持っていない左手で思いっきり殴った。たまらず倒れる目黒を引き起こし再び殴りつける。
「枝豆とビール、食い物の恨みは海よりも深いぜ!」
小川がキメ顔をしながら目黒をビシィっと指しながら言う。
「はぁ、小川さん、カッコよく言っているつもりかも知れませんが、全然カッコ良くないですよ。ただ、畑がこの有様なんで、当分は外に出て食料を探さないといけませんので、私も是非その秘法とやらを伺いたいですねぇ。」
新田が呆れとため息混じりに言ったその時、後ろから不意に声を掛けれられる。
「それはおよその想像がつくが、その上着に秘密があるんだろう?」
後ろから声を掛けられ小川と新田が振り向くとそこには松本が肩で息をして立っていた。
「おぉ!村長大丈夫だったか?」
嬉しそうに両手を広げて抱き着こうとする小川を村長は片手を挙げて制し、新田の肩に手を置きこれまでの交渉を労うしぐさをしながら続ける。
「スコアボードからここまで齢を忘れて走ってきた。目黒さんが着ているその上着を着用し始めるとゾンビが見向きもしなくなった。秘密はその上着でしょうな?」
松本は目黒が羽織っている汚いハーフコートを指さしながら言う。
目黒はひとしきり悔しそうにグググと、唸るとぽつりぽつり話し出した。
「ジジィの言う通りだ。この旅装束でマルナーの襲撃を防いでいる。これはマルナーの臓物をシヴァへの祈りを捧げながら塗り込んだものだ。」
「へぇー、このくっさい上着がねぇ。」
小川が目黒の上着を表裏をヒラヒラさせて見ると感心しながら言う。
「どうしてそんなアッサリ教えるんですか?」
新田が指摘する。
「黙っていてもそこのチンピラを使って拷問してでも聞き出そうとするでしょう?それにそこのジジィは何となくどうやっているのかは気が付いていそうだからな。」
目黒にチンピラ呼ばわりされた小川がオゥ?と凄むが松本が制止する。
「どうやらゾンビは嗅いで敵味方を判別しているらしいのぅ。わしもなぜアヤツらが共食いをしないのか不思議に思っておった。」
「ところで村長ぉ、こいつどうする?」
小川が目黒の首根っこを掴み、ぐらぐらさせながら松本に聞く。
「そうじゃのぅ、とりあえず目黒さんの部下達が引き上げるのを確認して解放するかのぅ。」
松本が顎をさすりながらそう言うと小川が鼻息荒く反論してくる。
「村長ぉ、甘いっすよ。多分コイツまたやって来るっすよ?」
そう憤慨しながら鼻息荒く松本に詰め寄る小川。
「じゃろうな、しかも今回よりも人数を多く連れてくる可能性が高いのぉ。かといってココには置いておけん。新田さんならどうする?」
急に振られた新田はドキッとしたしぐさを見せるが松本に促され話し出す。
「私も村長と同意見です。小川さんは目黒をどうしますか?殺します?そうすると間違いなく復讐にやって来ると思うんです。目黒達の目的は食べ物だけですか?私が思うに、何かしら作業をさせるとか、奴隷とかそんな感じに持っていきたかったと思いますよ。」
「わしも同じ意見じゃな。ここで選択肢がいくつか出てくる。目黒さんの奴隷になるか?はたまた目黒さん達にまた襲撃されるか?まぁ、次は死人が出るじゃろおの……。はたまたここを捨てて新天地を目指すか?最後はちょっと過激じゃが、逆に攻撃を仕掛けるか?」
松本はにこにこしながら小川と新田に問いかける。
「村長ぉ、なんでこんな面倒な事なのに嬉しそうなんッスカ?ヤルっすか?乗り込んでボコボコにするッスカ?」
小川がシャドーボクシングの様に両こぶしを交互に繰り出し、口でシュッシュと言いながら目黒目掛け繰り出す。目黒はそれを苛立を隠しただ見つめる。ここで変に口出しや反抗をすると自分の処遇がおかしな方向に向かわないか心配したためだった。
松本は小川のシャドーボクシングを制しながら言う。
「わしは見てのとおりオイボレで先は長くない。何を選ぼうとも、ここでの選択が後々に影響することは間違いない。だからお前たち自身で考え、選択し、実行することが大事だ。わしはその選択の助言だけにとどめておく。口だけ出して、あとは任せるなんて無責任な事は出来んからな。以前の様な世の中じゃないんだ、きちんと実行することはこれから大切になって来る。今思えば、口だけ出して後は官僚任せなんてこともたくさんあったなぁ。」
「ハイハイ、じじぃの昔話はいいから、んで、どうする?新田さん。」
「まずは現状を把握しましょう。この村の戦える人ってのはどれだけいるんでしょう?普段から外に物資を探しに行く小川さんのチームの4人くらいですか?私もゾンビ相手であれば戦えますが、これが生きている人間相手となると正直躊躇しますね。対してアウム教団はどれだけいるんでしょうか?」
新田がだんまりを続ける目黒を覗き込みながら問いかける。
「今は教団員は1,000名に届かないくらいだ。そのうちの約1/3が物資を探しに出かけている。だから戦える人員としては300名くらいか。あとはここと同じように農作業や、その他の後方支援といったところだな。」
「4対300では勝負にもならないでしょう。ここは、ただ平穏に生き延びるという1点のみにフォーカスを当てたとすると、奴隷になるという選択肢もアリです。」
新田がそう言うと小川がフガーっと言い出すが、すぐさま新田は片手を挙げて制止し続ける。
「ちなみに目黒さん、ここに来る前に同じような集団・集落ってありました?そこはどんな対応でした?正直にお願いいたします。」
「ここよりも規模は小さかったが、ほとんどがアウムへと教順しその傘下に入った。今も各方面で教団員の募集を行っているはずだ。抵抗してきたのはココくらいのものだ。」
「最終的な目的は聞かなくても何となくわかりますが、アウム教を基とした国家の設立というとこでしょうか?なかなかタチが悪いですね。」
新田が汚いものを見る蔑む目線で目黒を見ながらそう言うと目黒は抗議の視線を向けてくる。
「尊師の教え・予言はこれまで全て的中している。マルナーの復活、国家の転覆、親が子を食い、子が親を食らう。一縷の望みも掛けられないこんな世を、尊師は救おうとしているのだ、それがわからんのか?」
「うーん、分からない事も無いですよ。同じ思想を抱いた人の集まりが、集団となりやがて国家となるのは分かります。ただ、それを強制するのはどうかと思いますよ?」
新田はそう言うと少し考え、驚愕の答えを出した。
「作物の5%は出せます。ただし、アウム教団への帰依は無しです。それがギリギリの答えです。あなた方も、お布施とやらが無いと困るのでしょう?」




