56話
金網を挟んで小川と目黒は対峙していた。
優越感たっぷりの表情で目黒は問いかける。
「いつまで待つんですか?このままでは時間は無為に流れ続けますよ。」
「くそっ!俺じゃだめだ新田の旦那さん、バトンタッチだ!」
「え?あぁ、いいですよ。」
すぐに頭に血が上る小川は新田に交渉役を譲った。
「初めまして、私は新田です。」
急に振られた新田はギクシャクしながら自己紹介をする。
「これは、初めまして。私はアウム真誠教の導き手、目黒と申します。」
目黒は仰々しく優雅にお辞儀をして見せた。
「私も突然振られたので仔細がわからないのですが、あなた方は何を要求されているのですか?」
新田は冷静に問う。
「端的に言えば私どもアウム教へ出家し、その庇護下に入るか否かということだけです。」
「それにしてもいきなり攻撃してくるなんておかしくないですか?それがあなたたちの教えなのですか?かなり暴力的な教えなんですね?」
新田は嫌味を交えながら話すと、目黒は片眉がピクリと動くが平静をつとめて言う。
「私たちが信じる神には武力を司る神もいます。それは仏教とて同じでしょう?あなたは仏教ですか?それとも神道ですか?」
「とくに仏教徒でもないですが、 しいて言うならば神道ですかね?神社に初詣や七五三にも行きますしねぇ。」
「神道にも武力を司る神はいるでしょう?同じことですよ?」
新田は少し考えてから言う。
「でも、神様はその力を顕現させることはないですよね?大昔は知りませんが。」
「おぉ!新田の旦那、やるなぁ!」
普通に話ができていることに小川が感心して、そういいながら近づく。
「ちょっと小川さんは黙ってて。」
新田にピシャリと言われた小川はすごすごと引っ込む。
「信じてる神に武力を司る神がいたとしても、それを大義名分に実行するのは人間のただのエゴでしょ?」
「うるさい!こんな世の中なんだ、こんな村焼き討ちしてもいいんだぞ?それをせずに私たちの為に働きなさいと言っているだけだ。」
3日も待たされた挙句、攻めきれずにいる上に、口ばかり達者な新田の存在に目黒がだんだんイライラしてきた。
「わかりました。もしも、あなた達の為に働いてその見返りはなんですか?」
「マルナーからの被害やほかの生存者からの襲撃から守りましょう。」
「守る?どうやって?あなた達が来なくてもこの村は充分にやっていけてました。むしろあなた達の方がただの襲撃者ですよ。それを言うと話が進まなくなりますね、守るって事が取り合えずできたとして、あなた達の為に働くとは具体的に何ですか?」
目黒はやっと交渉が本題に入ったとニヤつく。
「とれた作物の30%をお布施としていただきます。」
目黒の提案に新田が考えむ。
「まぁ、現状無理ですね。後ろを見なさい。あなた達が引き入れたゾンビ達がもうすぐ収穫だった作物をダメにしている。あれがきちんと収穫できても、私たちが生きていくための量はギリギリだったんだ。ゾンビが踏み倒したゾンビの体液交じりの作物でよければタダで差し上げますが。それにお布施って、その量はこちらが決めることでそちらに決められる道理はない。」
「だからあなた達を守るための守代と言っているじゃないですか?」
「あぁ、そうですか。すみませんねぇ理解が遅くて。では具体的にどうやって守るのですか?」
「私たちにはアウムの加護があります。こんなマルナー達なんか意にも留めません。」
「そうですか。だったらそこの野球場に侵入したゾンビを排除してその証明をしてもらえませんか?これ以上作物にダメージを与えるのは嫌でしょう?」
「わかりました、証明して見せましょう。」
目黒は配下の者へ目くばせするとハッと小さく返事をし、配下の者達は球場全体に散らばった。
散らばった目黒の配下はそれぞれゾンビと歩調を合わせ隣を歩き、肩を軽く何度もぶつけゾンビの方向転換を行う。
球場全体に散らばったゾンビが球場の中心に集まるのに10分程度しかかからず、それをそのまま率いて1列になって球場から出て行った。
これには小川は正直に驚き、その隣で見ていた新田は戦慄を覚えた。
「どうですか?すごいでしょう!」
目黒は新田達に背を向け球場の状況を見ていたがドヤ顔で振り向き新田に言った。その時、サッと金網を開けて小川が飛び出る。
状況を把握できてない目黒を小川は羽交い絞めにしてその首筋にナイフを突きつける。
「オッと動くなよぉ!間違えてぶっ刺すかもしれねーからな。それにしてもすげーな、お前の部下。でも頭が間抜けだよなぁ。こうやって捕まっちゃってさ、目黒さんカッコわるぅ〜い。『すごいでしょう!』だって、しかもめっちゃドヤ顔!わはははは!」
小川は目黒を後ろ手にし、針金でその手をギチギチに縛りながら先ほどのお返しと言わんばかりに思いっきり目黒を馬鹿にした。
「さぁ、部下たちにこのままお前の道場だっけ?まで引き上げるように命令するんだ!あっ、ひきつれたゾンビはそのままお持ち帰りしてな。」
小川は目黒の首筋にあてたナイフにちょこちょこ力を入れ、脅しながら目黒に指示をさせた。




