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55話

「小川さん!大きな音を立てるのをやめさせなさい!」

松本はスコアボードから叫んだ。

アウム真誠教徒を煽り続ける小川達にはその声が聞こえない。

「おらおら!どうしたぁお前ら!」

小川が相変わらず煽り続けていたその時、防火水槽の水を出し切ったのか、小川が持つ放水銃は脈動し始め、最終的には放水が止まった。

「やべっ、ちょっとタンマタンマ!」

小川が慌てて放水銃のレバーをガチャガチャ操作するがチョロチョロとしか水が出ない。

その時アウム真誠教徒の間をすり抜けてきたゾンビがフェンスにたどり着いた。

「え?えぇ?なんでゾンビ?アウムのアホどもは?皆、ちょっと作戦前倒しだけど槍を持って!」

小川は役立たずな放水銃を放り投げ、立てかけてあった槍へと全速力で走る。槍を掴んで振り向いた瞬間、ギィィィっと金属が擦れる嫌な音を立ててフェンスが倒れた。

「皆!テニスコートに避難だ!急げ!」

小川は状況を瞬時に察知し指示を出す。

スタンドから投石を行っていた村人達も一斉に駆け出す。

小川は逃げ遅れた者がいないか確認しながら殿を務め、後ずさりながらゾンビの頭部を槍で破壊する。

数体のゾンビを倒した時、視線の先にスコアボードにまだ松本が取り残されているのを小川は見つけた。

「ぉぃおいおい!村長まだあんなとこにいるぞ!」

そう言って小川は駆け出そうとしたが新田の旦那さんに腕を掴まれた。

「小川さん、今は助けに行くタイミングじゃないです。小川さんが村長を助けに行って戻るまでテニスコート入り口を閉めずに待っていられない。スコアボードは高い位置にあるからゾンビは登れない。タイミングを待つんだ!」

「いつだよ?そのタイミングは?」

「引くときは引かないと全滅するよ。そうなってしまっては助けられない。」

「くそぅ!村長!後で助けに行くからなぁ!」

小川はそう叫ぶと松本は自分を気にせず先に行けと言わんばかりにスコアボードの上から手を振った。


球場にはゾンビの群れがわらわらと雪崩込む。

フェンスで囲われた通路を進み、球場内の皆はテニスコートに無事にたどり着いたが、ゾンビ達が大事に育てた野菜や穀物をなぎ倒しながら進んでいく光景を皆恨めしそうに睨んでいた。

「ったく、苦労して育てた食い物がぁ。もうちょっとで枝豆とビールを堪能できたのに!」

小川は恨めしそうにテニスコート入り口フェンス越しにゾンビの頭を突く。

球場入り口は不意を突かれたため多数のゾンビを一斉にフェンスに取りつかせてしまったため倒されたが、テニスコートは万全の体制なうえ、球場からつながる通路を狭くしてあったため、一斉に取りつくことができない。さらに入り口フェンスに取りついたゾンビはたちまち倒されるためフェンスが破壊される可能性はかなり低かった。

小川がぼやく余裕もできた頃、球場内に一台のワゴン車がスルスルと音もなく入ってきた。

ハイブリッド車なのだろうかエンジン音が聞こえなかった。

そのワゴン車の屋根には目黒が乗っており、拡声器を手に選挙活動中の政治家よろしく大きな音量で声をかけてきた。

「どうだね諸君、その状況を打破できるのは我々アウム真誠教しかないのだよ。」

「やかましい!じゃぁ、そこから降りてここまで来やがれってんだ!」

小川がすかさず煽るが意外な反応が返ってくる。

「あぁ、いいとも。少し待ってなさい。」

目黒は拡声器を乱雑に足元に置くとヒラリとワゴン車から飛び降りた。

そのまま襲われることなくスルスルとゾンビ達を掻い潜りテニスコート入り口フェンス前まで辿り着いた。

これには小川も衝撃を受ける。

「やぁ、話しやすい距離になったね。アウム真誠教の庇護下に入ればこんなマルナーの群れなんか気にならない。あぁ、君たちはマルナーをゾンビと呼んでたね。どうだい?そんな狭苦しい籠に囚われた小鳥のような生活はやめて我々と新しい世界を歩き、未来を創ろうじゃぁないか!私についてくれば襲われる恐怖から解放されますよ。どうしますか?」

目黒の問いかけに数人の足が1歩前に出る。

「そんな得体のしれない宗教になんか入るかボケ!」

「得体のしれないとは?それはアナタの物差しであって、ただ無知なだけでしょう?大丈夫、そんなアナタにもアウム真誠教は広く門戸を開いてますよ。」

「ぐぬぬ……。」

小川は小馬鹿にされるが言い返す材料が無かった。

「無知だったからマルナーに襲われ、こんな狭い場所で縮こまって生活しているのでしょう?なぜ私が襲われないか?その答えはアウムにあります。これから生活に必要な物資を集めるたびに仲間がケガをしたり、亡くなったりすることはありません。怯えることの無い生活、子供たちにさせたくありませんか?それもすべてアウムの経典に書かれているのです。」

目黒がそう言うとテニスコート内に幾分か同意する空気が流れ始めてた。

このままじゃぁ不味いと小川は本能的に察知していたが、うまく反論が出てこず、やっぱりあの時に無理してでも村長を助け出すべきだったと後悔し始めていた。

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