表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/58

53話

目黒が去って1ヶ月程が経った。

皆、最初はどうなることかと怯えていたが、2週目が過ぎる頃には落ち着きを見せ、1ヶ月過ぎる頃には通常と変わらない日々を過ごしていた。


焚き火を囲んで話し合って出た結果は庇護下には入らないが敵対もしないというものだった。こんな世界だから今更人間同士が争う事は自滅でしか無いと言う意見が大部分を占めた。

松本は表面的にはその意見に賛同してはいたものの、本音ではどっちつかずの態度ではいずれ同じ問いに直面する結果になると分かっていた。

かつていた政治の世界、取り分け外交の場面では、はっきりした立場を伝えないとまた同じ問題に出くわす、時間が経てば経つほどにその問題はややこしくなる事がほとんどだった。

これも経験してみないと分からないだろうと松本は口を閉ざし、皆の意見に同調した。

松本はいざという時の為の準備だけ小川に任せ普段と変わらない生活をしていた。


2ヶ月が経とうとしたある日、目黒は再び現れた。

畑仕事の最中にスコアボードから鐘が鳴り、入り口に出向くと目黒が数人の部下を引き連れていた。

「さぁ、どうされますか?アウム真誠教の庇護下に入りますか?」

目黒はいやらしい顔でそう聞いてくる。

「あー、その事なんだが、もう2、3日だけ待ってくれないかの?」

松本は鼻をほじりながら言う。

「2、3日待つとどうなんですか?」

目黒はイラつきを隠さずに、言外に実力行使するぞと鋭い目を向ける。

「納得のいく答えを出せるかのぅ。」

松本はワザとショボくれた爺さんの雰囲気を出して目黒を見つめる。

「わかりました。待とうじゃありませんか。あ、言っておきますが、外には50名を待機させてますので、その事をお忘れなく。」

目黒が自信満々にそう言うと、松本はやっぱりそう来たかと顔に出さずに、ワザと驚いた様子を見せる。

「まぁ、大人しく待っておくれ。」

松本は頭を下げて目黒との交渉を終えた。

頭を下げながら、松本は日本語は主語を省きがちな言語、文化だからな、と心の中で思うのだった。

その日の夜遅く、小川は松本に命じられ闇夜に紛れて球場を後にした。

翌日の朝、松本は球場の入り口前に立つと目黒達のキャンプに向かって拡声器で大きな声で呼びかける。

「あー、あー、聞こえてるかの?あー、あー、なんじゃこのマイクは!あー、あー、もしもし?もう少し大きくならんか?あー、あー、おぉ!このくらいだ。あー、目黒さん、そんなうるさそうな顔をせんでくれ!まだ意見がまとまっておらん。もう少し待っておくれ!」

松本はワザと拡声器で話す時間を間延びさせて目黒に問いかける。

目黒は片手で虫を追い払うかの様な仕草で再びテントに戻った。

松本はその日の昼、夕方、就寝前と同じ事を繰り返し、翌日も同じ事をくりかえし約束の期日、3日目の朝に同じ事をするとさすがに目黒が腹を立てて言い返してきた。

「約束の期日が過ぎましたよ!どうするんですか?」

「あー、あー、約束の期日?わしは2、3日と言ったが、まだ3日目の朝じゃないか!あー、あー、今日中になんとか出来ると思うからもう少しの辛抱じゃ!わかったかの?おーい、マイクが小さいんじゃないか?もう少し大きくならんかの?」

それで最大です、というスタッフの声もマイクが拾う。

「ということじゃ!わかったかの?聞こえてるのなら手を振ってくれ。」

目黒が手を振ったのを確認すると松本は球場に引っ込んだ。

「やれやれ、これから忙しくなるぞ。」

松本はその場で屈伸運動等の準備運動を始めた。


闇に紛れて出発した小川は近くのゾンビに占領されている小学校に消防車で乗りつけた。

短く消防車のサイレンを鳴らしゾンビを集める。

ゾンビが小川に気づき群がり始めるが小川はまだ出発しない。そのまま小川は消防車の中で雑誌を読んで時間を潰す。

弁当を食べサイレンを鳴らしゾンビを集め、また時間を潰す。

小川はこれを2日間続け、充分なゾンビの数が集まったところでエンジンをスタートさせる。

「ハーメルンの笛吹き作戦行きますか!」

ゾンビと付かず離れずのスピードと距離を保ちながら球場へと向かった。


球場周辺ではのらりくらりと時間稼ぎした松本の効果で目黒がかなりイラついていた。

テントから出て部下に訳もなく当たり散らしていると、遠くから砂煙をあげて近く車両に気がついた。

「あれはなんですか?」

部下に調べさせようと指示を出す間も無く消防車は目黒のキャンプ地を横切り、いつのまにか開いていた球場のゲートにザザザァーと滑り込む。

キャンプにいたアウム教信者達は呆気に取られ動けないでいた。

その時、球場ゲートの上から松本の声が聞こえてきた。

「あー、目黒さん。たった今答えがでましたぞ!こちらの答えはNOだ!庇護下に入らんし、お前たちと交流する気もない!わしらの事は忘れて自分達の道場とやらに帰る事をお勧めするぞ!」

「このジジィ!何が納得のいく答えだ!」

目黒は顔を真っ赤にしながら松本に向かって叫んだ。

「はぁ〜?いつワシがお前さんの納得いく答えを出すと言ったんだ?ワシらの納得いく答えを言ったんだろうが!?アホか?お前さんは?」

目黒は額に青筋を立てて部下に命じる。

「あのアウム教に敵対する神敵を討ち取りなさい!あのジジィの首を文字通りここに持ってきた者は誰でも導師の立場に引き上げます!」

目黒はそう言うと周りの信者は一目散に球場ゲートに群がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ