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5話

シェフは冷蔵庫から肉を取り出し切ろうとするが、そのままラップに包みなおしまた冷蔵庫にしまった。

「今日はちょっと肉は触りたくもないなぁ。さっきの思い出しちゃって。」

「その冷蔵庫はどうしたんだ?」

トシローは眉にしわを寄せ、若干の不快感を現した様子で指差しながら言った。

「さっきドンブラコしてった電気屋が、トシローさんに良いもん食わしてやってくれって持ってきた。いやー冷蔵庫があると助かるね。今の季節はそんなに重宝しないけど、夏は助かるだろうね。」

冷蔵庫をペシペシ叩きながらシェフが言う。

「そうか…。夏まで、イヤっひょっとすると明日までもここに居られないかもしれんぞ。すぐにでも旅支度を済ませてどこかに避難した方がよさそうだな。」

「やっぱりか、せっかくの冷蔵庫を手放すのかぁ。」

シェフは未練がましく冷蔵庫を触りながら言う。

「なに主婦みたいなことを言ってやがる。命と家電とどっちが大切なんだ?」

「そりゃー、もちろん家電って、おーいトシローさんどこいくの?」

シェフの戯言を最後まで聞かずスタスタ自分の小屋に戻るトシローだった。


トシローが小屋で荷造りをしていると、突然バサッと入口のシートが捲られスーツ姿の見知らぬ男が入ってきた。はっとトシローが振り返るとスーツ男は問答無用に掴み掛ろうと迫ってきた。

トシローは左足をサッと引き半身になると、掴み掛ってくるスーツ男の手を払いながらそのまま掴むときれいな背負い投げを決めた。しかもただ投げるのではなく、地面に落とす際にトシローの体重を乗せ、思い切り叩きつけた。固い地面に投げつけられたスーツ男は特にダメージを負った風でもなく、よろよろと立ちあがるとうめき声を発しながら再びトシローへ迫る。

「巻き込みながら投げたんだぞ、普通は痛みで立ち上がれんぞ。」

そう言いながら再び迫るスーツ男を再び同じ技で投げる。今度は棚にぶつかるように投げ、棚に陳列されていた本や雑誌、その他の生活道具がスーツ男の上に派手に降り注ぎ大きな音を立てる。

トシローは荷造り途中のリュックを引っ手繰るように掴み急いで小屋を出た。小屋の周囲には先ほどの音を聞きつけたのかワラワラとゾンビが集まりつつある状況だった。


「シェフ!準備できたか?」

周囲を警戒しながらトシローは声をかける。

「おい!シェフ!」

返事がないため、たまらずシェフの小屋入口シートを捲ると、カタカナでマイセンと書かれたプラスティックのティーカップを持ったまま虚空を見つめるシェフがすぐそこに立っていた。

その首筋には若い女の頭があり、シェフを倒さぬためか、逃がさぬためか、若い女は力強くシェフの体を抱擁しながら噛みついていた。

「トシローさんごめん、急に彼女ができちゃって一緒に行けないや。彼女が離してくれない。俺はトシローさんと違ってモテるからね。」

息も絶え絶え冗談を言うシェフに、泣きそうな表情でトシローは言った。

「最後まで楽しい野郎だな、お前は…。じゃぁまたな。」

トシローはシェフの返事も聞かずに捲ったシートを下した。

一つため息を吐くと両の拳を握りしめ静かに気合を入れ振り返ると、そこには頭からナイフを生やした先ほどのスーツ男が立っていた。棚に投げつけられた際に刺さったようだった。

「空気を読めこの野郎!」

トシローはそのナイフを乱暴につかみ、グイとさらにねじ込むと糸が切れたようにスーツ男は静かに倒れた。

「ったく、なんなんだ。」

そうひとり呟きながらナイフをずるりと引き抜くとスーツ男にナイフをこすり付け、刃についた血糊を拭いリュックの直ぐに取り出せるサイドポケットに収めた。

ゾンビの包囲網はじわじわと狭まりつつあったが、トシローはまだ河川敷から脱出できずにいた。

「こんな時にいなくなるなんてなぁ。」

トシローは相棒の犬を探していた。

ゾンビの出現、小屋での格闘と、もともと番犬にならない気弱な性格の犬だったがびっくりして逃げ出したんだろう。

そうトシローは結論付けて長く親しんだ我が家ともいえる河川敷を出ることを決意した。もちろんトシローがいない間に戻ってきた時のために、エサ皿の横に小屋にストックしていたすべてのドッグフードを置いて出ることも忘れていない。


脱出の決意が遅くなってしまったためすでに河川敷全体に結構な数のゾンビが侵入していた。

トシローは河川敷から脱出するべく、なるべく音を立てずに動いていたが、なぜかゾンビはこちらを補足しており、動きは遅いがトシローに向かってそれぞれが最短距離を進んでいた。

『何故だ?音を立ててもいないのにこっちを捕捉してやがる。』

トシローは立ち並ぶ小屋の間に身を潜めゾンビの動向を窺っていた、とその時、土手の上で悲鳴を上げながら逃げる男性が現れたかと思うと今までトシローを包囲していたゾンビが一斉に土手の方へ振り返り方向転換した。

『どうやら音以外の何かも使って対象を捕捉している様だな。一度補足してもさらに大きな刺激を与えるモノに向かう性質があるみたいだな。ゾンビになると記憶の連続性が著しく低下するみたいだな。』

トシローはゾンビを全てやり過ごした後、自分の小屋に戻り必要な物を集めて河川敷を上流に向かって歩き出した。


川を挟んだ両岸は氾濫津波対策でかなり高い土手が延々と続いており、土手向こうは住宅を主とし商店がチラホラ見える街並みで日本中でどこにでも見られる一般的な風景だが、今は地獄が溢れかえった様な凄まじい光景となっていた。

ゾンビ化した人間は集団で正常な人間を襲い、襲われた者はバラバラに食い散らかされるか、ゾンビの仲間入りをするかのどちらかしかない状況だった。

街中のあちこちからサイレンの音や事故を起こした車のクラクション、渋滞にハマり前車へ早く行けと怒号の代わりに鳴るクラクション、襲われる人の悲鳴、火災による爆発等の音で溢れかえっていた。

河川敷を上流に向かって歩くトシローのリュックには着替えやインスタント系の食料、鍋やフライパン等の生活必需品が入っており一歩歩くたびにガチャガチャとやかましく音を立てていたが、それ以上に町中で音が溢れていたため、たまに出会うゾンビは隠れてじっとする事でやり過ごし、ゾンビに補足・追跡される事なく歩みを進めていた。

トシローは順調に歩き続け、河川敷の様子がそれまでと違って丸石がたくさん落ちている川原になった頃、陽が斜めに射し始めた。

えっちらおっちらトシローは歩き続け、人口密集地から抜けた所で前方から小さな女の子の手を引く小学校高学年くらいの男の子と出会った。

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