48話
松本の宣言から暫く走ると大きなリュックを背負った男性を見つけた。
後ろからみゅいいいっとカートで近づく。
「どこまでいくんだ?」
「おぉっ!じーさん脅かすな。」
男性はビックリして振り返る。
「この先のホームセンターに近所の人と立て籠もってるんだが、薬が無くてな、病院やら薬局やらを回ってるんだ。一緒に立て籠もってるじーさん、ばーさんが薬が欲しいってうるさいからな。」
「そうかそうか、乗ってくかい?」
「ありがたい。このカートなら静かだからアレが寄ってこない。どこでコレを?」
「ん?ゴルフ場に決まっておろう。」
「まぁなんにせよ助かる。じーさんもゴルフ場からか?」
2度じーさんと呼ばれた松本は一瞬ピクっと眉間に皺が寄る。如何にも労働者階級の男に耄碌ジジイ呼ばわりされる筋合いは無いと!一瞬脳裏を過ぎったが、実際孫も居たし確かにじーさんか、と納得する。
「そうだ。ワシの格好もホレ、ゴルファーだろ?」
「うん違いない。ところで自分は小川だ。」
「わしは……。松本だ。」
自分の職を言いそうになったが、こんな世界では何の意味も持たないと姓だけ告げる。
「よろしくな松本のじーさん。」
小川はニカっと笑うと手を差し出して来た。松本はその手をガシっと握ると同じくニカっと笑った。あまり普段しない表情だった為に上手く笑えているか心配だったが、小川は気にしていない様子だった。
松本はカートを小川が指差す方へ走らせた。
ホームセンターの敷地はグルリとフェンスが張られ、駐車場入り口には車が2台縦列で停められ即席のバリケードとなっていた。
10体近いゾンビがホームセンターに入ろうとフェンスに取り付き呻きながらガシャガシャと音を立てていた。
「あちゃー、アレ倒さないとあの音でドンドン集まるなぁ。」
「ワシが後ろをカートで通り過ぎるから小川さんはそこのアイアンで通り過ぎざまに頭を殴っておくれ。」
松本は後ろにあるゴルフバックを指差す。
「オッケー、じーさんなかなか過激だな。」
「まぁの、それじゃ行くぞ。」
松本はカートを走らせゾンビの直ぐ後ろを通り過ぎる。小川がポカポカ叩く。
「なんじゃその叩き方は!腰が入っとらん!もう一回!」
ぐるっと一周した松本達は再びゾンビの後ろを通り過ぎる。数回同じ事を繰り返し全滅させた。
「松本のじーさんスゲェな。」
「なんだ、小川さんはゾンビを倒した事は無かったのか?」
「逃げるので精一杯だったからな。小学校の避難所が襲われて、同じ教室に避難してた人を連れてくるのに必死だった。」
小川は思い出しながら話す。
「そうか、ワシはこう見えても結構な数を倒したぞ。家族をやられてな。アイツらの弱点は頭だ。それ以外は無い。」
松本は自分の頭を指差しながら言う。
「無いって、腕が千切れようと死なないって事か?」
「そうだ、噂によるとアレはもう死んどるらしい。確かめたくは無いがの。歩く屍だ。」
松本と小川が話していると2体新たに現れた。
「小川さんは何番で行くか?5番辺りはどうだ?ワシは7番だ。」
松本は5番アイアンを小川に投げて渡し、自分は7番アイアンを構える。
松本がバチコーンとゾンビを一撃で倒すと、それに倣って小川もフルスイングして倒した。
小川がニカっと笑いながら振り返り、松本と小川はハイタッチをした。
「んじゃ、ボチボチ中に入りますか!」
小川は駐車場入り口の自動車のドアを開け、反対側のドアも開ける。自動車を潜り抜け2人は敷地内に入った。
ホームセンターには老父婦と小川、若い夫婦とその子供が2人だけだった。
小川は重機の運搬をするトラック運転手で、近くの工事現場に重機を運びたまたまこの町に来た時にパンデミックに遭遇した。
避難する民衆の波に逆らわずにいたら小学校にたどり着いたらしい。そこで老夫婦と若い夫婦と一緒になったそうだ。
小学校では避難したその日の深夜に異変が起こった。
体育館に避難した者の中に噛まれて怪我した者がおり、深夜に息を引き取り隣で寝ている者に次々と噛みつき、体育館が全滅するまでにそう時間がかからなかったらしい。
夜寝付けずにいた小川は体育館の裏でタバコを吸っているときにその惨劇を目撃してしまった。
いづれ全ての教室が襲われると考えた小川は教室に自分の荷物を取りに戻る。その時同じ教室の老夫婦と若い夫婦に状況を説明し、深刻な事態になる前に小学校を脱出したのだった。
現在のホームセンターには開店前の早朝にたどり着き、裏口のドアを壊して侵入し、駐車場入り口は放置車両で即席のバリケード築いたところで、老夫婦が薬が無いと言い出したため小川が探しに出かけ、その帰り道に松本と出会った。
そこまでを松本は小川から説明を受けた。
話しかけるタイミングを計っていたのか老夫婦が松本に近づき話しかける。
「私は渡辺と申します。ぁ、あの、松本国家公安委員長ですよね?」
奥さんが申し訳なさそうに聞いてきた。
「はい、ですが、いまはただのじじぃです。」
「おぉ!じーさん偉い人だったのか?」
「こうなってしまえばただの一般人だ。」
「あの、この後日本はどうなるのでしょうか?」
今度は渡辺さんの旦那が不安で堪らない様子で聞く。
「日本だけでなく、世界中がこの状態です。内閣調査室のデータによると生き残れるのは1%程度の予測だ。しかし我々は何の因果かその1%に入っておる。精一杯足掻いて命を後世に繋げましょう!」
松本は渡辺の手を握りニカっと笑う。
「あの、松本さんはTVで拝見する印象よりもフレンドリーなんですね。」
「こんな世の中です、偉ぶっててもしょうがないからの。今は出来る事を精一杯するだけです。腰がアタタとならん限り。」
松本は戯けた表情で明るく振る舞う。
「おじいちゃん腰が痛いの?」
振り返るとそこには小さな女の子がいた。
「娘がすみません。私は新田と申します。」
若夫婦の旦那さんが自己紹介してきた。
「いえいえ、そうそう、おじいちゃん偶に腰が痛くなるから、その時は腰をトントンしてくれるかの?」
松本はしゃがんで新田の娘に目線を合わせそう言う。
「いいよー、パパの肩も偶にトントンするから、その時ね。」
「うん、ありがとう。良い子だ。」
松本はニカっと笑うと頭を撫でスクッと立ち上がる。
「所で、あの入り口バリケード、あれはドアを開けて出入りするアイデアは良いが、車体下のスペースがガラ空きだ。何かそうだな…。」
松本は周りを見渡し指を指す。
「あの商品の砂利袋で隙間を塞ごう。這ってくるヤツが居ないとは限らんからの。」
松本はこの集団が1日でも生き残れる様に、自分のこれまでの人生を償うためにも早速行動を始めた。




