47話
松本は自宅近くに差し掛かる。
ヘリのエンジン音とメインローターの風切り音が、合流場所である自宅からはまだ若干距離はあるが聞こえて来た。
松本は腕時計をチラリと見ると合流時間を若干過ぎていた。
「時間を過ぎても自分達の上司が現れるまで待っているとは!忠誠心が高いなぁ。うん、感心感心、この部隊の隊長はあとで呼びつけて褒めてやろう。」
松本がそう一人言を言っているとエンジン音に混じって小銃の連続した発射音が聞こえてきた。
やっと辿り着いた自宅の庭にはヘリが着陸していた。
松本宅の敷地は約2,000坪ありかなり広く、その庭はバスが優に20台以上は楽に停められる程に広い。かつては地元でも有名になる程の広大な日本庭園であったが、閣僚入りしてから、趣きは無いがその一部をヘリポートに作り変えていた。
もしも万が一、総理になれた暁には自宅のヘリポートから国会へ行く様をTVで放送させ自慢したい為だけだった。
あからさまに自慢する為だけの目的だけなのも好感度が下がるため、高齢化が進む地域住民のために庭を潰して非常時にドクターヘリが着陸出来る為という大義名分を周囲には言っていた。
そこに自衛隊のヘリは着陸していたのだが、松本が門をカートで通過した時にはすでに上昇し始めていた。
松本はカートのクラクションをプァーと鳴らすがヘリは高度を揚げ続ける。
松本はカートを降りて両腕を広げ、力一杯振るが着陸する気配は無い。次の瞬間、ヘリは不自然にグラリとバランスを崩し、回転しながらみるみる高度を下げ始める。
松本の頭上を越え、道路にかなりのスピードで突っ込む。
ヘリのメインローターが何度も地面に打ち付けられアスファルトを捲り周囲に撒き散らす。メインローター自体も砕け、かなりの遠方までに飛び散った。
機体が停止した次の瞬間炎がボンと上がり、操縦席から全身火だるまの男が飛び出して数歩歩いた所でガックリと両膝をつき絶命した。
松本はその光景を口を開けたまま、ボーゼンした表情で目の前でモクモクと黒煙をあげるヘリの残骸を見続けた。
ヘリの墜落、それは松本の家族の死と、自身の脱出が不能となった事を意味していた。
松本が到着する直前、自衛隊はゾンビと交戦していた。
ヘリのローターが作り出す風切り音とエンジンが生み出す音は一帯のゾンビを吸い寄せた。地上に散開した救出部隊はそれぞれ全周囲からゾンビに包囲された状態だった。
合流時間を過ぎても松本が現れ無いため撤退しようと隊員達がヘリに乗り込むが、ヘリのドアを閉められ無いくらいにゾンビの波がすでにヘリまで押し寄せていた。
隊員の一人がハンドガンを構え閉鎖の障害となっているゾンビをダンダンダンと素早く撃ち抜きドアを閉めた、と同時にヘリは離陸し始めようとエンジンの出力をあげた。
しかしかなりの数のゾンビがヘリにしがみつき重量オーバーで地上に引き戻される。
ゾンビとヘリの綱引きを数度行った所で、先程のハンドガンを使用した隊員が立ち上がり再びドアを開け、今度は小銃をフルオートでしがみつくゾンビに向かって掃射した。バババババと一気に放たれた弾丸はしがみつくゾンビを引き剥がす。
その瞬間に綱引きから解放されたヘリはガクンと揺れながらフルパワーで急上昇、その揺れでバランスを崩した隊員が転倒し、その際に事もあろうか操縦士を誤射してしまう。
ブパっと操縦士の頭から血が吹き出て、ヘリのバランスが更に失われる。
副操縦士がすぐさま操縦桿を引き、体勢を立て直そうとするが副操縦士の利き腕も銃弾は貫いており上手く立て直せない。コクピットはプァプァプァと警告音の嵐だ。
ヘリは松本の頭上を通り過ぎ、道路にかなりの勢いで地面に衝突、不時着し炎上した。
松本は炎上し続けるヘリを見ながら思いに沈んだ。
怪我した子供を見捨ててまで来たのになぜ墜落?
曽根崎の運転のせい?
ゾンビのせい?
中国が封じ込め失敗したから?
もっと早くに対応しなかった総理?
子供との思い出や、引退する時には自分の地盤を譲ろうと考えていた事。かわいい孫の顔。
直ぐそばにゾンビが迫ってくるまで松本は思いに耽り、その肩に手が掛かった瞬間に松本はキレた。
「おまえたちのせいだ!」
松本は素早く振り返り肩に摑みかかるゾンビの顔面をフルスイングで素手で殴る。
何度か殴ると自分の手が痛くなったのでカートにダッシュで戻りアイアンをいくつも持って戻りアイアンで殴る。
「子供や孫が死んだのも、俺が脱出出来ないのも、俺が総理になれないのも、ぜーんぶ無能なオマエ達のせいだ!」
癇癪を起こした子供の様に泣きながらゾンビを殴りつける。
持っていたアイアン全てが使い物にならなくなった頃、松本は落ち着きを取り戻し、再びカートに乗ると行く当てもなく走り始めた。
松本はカートを走らせる。
走らせながら自分の人生を振り返っていた。
ガキ大将だった子供の頃、高校生になり大騒ぎが出来るからと、学生運動に大学生と参加し、そこで日本の未来の為にと政治に目覚める。猛勉強の末に大学に入り、議員を目指した。地元の議員の鞄持ちから始め、上手く取り入り、地盤を譲ってもらった。選挙の際は学生運動をしていた頃の伝手でアウトローな連中を雇い、対抗馬への嫌がらせや妨害、当選してからは同じ政党の古株のスキャンダルを握り、献金、裏金、談合を取り仕切る様になり、組織の中でのし上がった。次期総理は自分か今の総理と仲の良い財務大臣のどちらかと言われる所までいった。
こうして振り返ると自分は何のために生きていたのか?自分の人生にどんな価値があったのか?
最初に政治家を志した時と今はどうだ?いつのまにか欲にまみれ、自分の利益しか考えない男になっていないか?
自分の利益を優先したから、そのツケが回って来たのでは無いか?
ついさっきまで、自分と家族だけが生き残れるように手配しておきながら、それもダメになる。手配していなければひょっとすると生きていた可能性だってある。
松本は最初の志しを失って、さらには家族を失って、初めて本当に大事な物は何か?と気が付いた。
「よし、これからは世のため人のため、残された人生を生きてやろうじゃ無いか!死んだ家族の為にも!今までの俺は、今死んだ!正々堂々目一杯生きてやろうじゃないか!」
松本はカートを運転しながらそう力強く宣言した。




