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46話

いつもの時間に公開されるようにセットし忘れた為、変則的にこの時間に公開します。

松本はひっくり返った車内で息を潜めていた。

ザ、ザ、ザ、とゆっくり近付いてくる足音。

松本の居る後部座席付近で止まった。

松本からは足だけが見えている。自分の心臓がひどく早いペースで波打つのが分かる。

立ち止まった足は何かを探しているかの様に周囲を見渡している様な足運びをする。

数回振り返る仕草を見せ、その後しゃがんだ。

松本とゾンビの目が合った。その目は背筋がゾクリとする不気味そのものだった。

血走った白目に白く濁った角膜、白濁した目は生気が無く、良く見えていない様だ。

そのゾンビがウゥア〜と唸り声をあげ手を伸ばしてくる。

松本はその手を払いのける。

「くそぉ、こんな所で死んでたまるものか!議員人生20年、俺はこれまで棺桶に片足を突っ込んだ荒事だって経験ある。舐めるなよオォォ!」

松本は恐怖を怒りで塗り潰し咆哮する。

渾身の力でゾンビを車外へ押し戻す。ゾンビは唸り声をあげながら侵入してくる。松本はまた押し戻す。

何度目かの攻防の際に運転席側の天井に緊急脱出用ハンマーが転がっている事に気付いた。

執拗に躙り寄るゾンビの頭を片手で抑え、もう片方の手でハンマーに手を伸ばすが、ゾンビの侵入が邪魔でもう少しの所で届かない。

ゾンビをグイーっと押し返した所で手がハンマーに触れた。松本はそれを指先でなんとか摘み手繰り寄せる。

それをしっかり握ると何度もゾンビの頭に打ちおろす。打ち付ける度にグチュグチュと音を立て、振り上げる度に滴る血が顔面に掛かる。

腕が疲れて上がらなくなる程に繰り返した時にはゾンビの頭は原型を留めていなかった。

松本はハンマーに付属しているカッターでシートベルトを切り宙吊りから何とか解放され、逆さまになった車から這い出し何とか脱出した。

長時間逆さ吊りにされていたため松本の目は血走り、立ち上がると軽い目眩がした。


松本は曽根崎の姿を探すが見当たらない。

車の進行方向とは逆の50m程後方に何やら人だかりが出来ている事に気がついた。

松本はフラつく頭でそれを見て、地元の人が助けに来たのかと一瞬思うが、その人だかりはそれぞれが赤いものを口にしており、松本は血の気が引いた。さらには曽根崎の物と思われる靴を履いたままの足を引き千切って、頬張っているゾンビが見えて松本は曽根崎を探す事を諦めた。

先程の車内での格闘騒ぎで松本に気がついた可能性があるが、それぞれが食べる事に夢中らしくこちらへやってくる素振りが見えない。

いつゾンビの気が変わってこちらへ来るか判らないと判断した松本はフラフラと車から離れた。


松本が着地した一般道は直ぐ脇にゴルフ場があった。喉が渇いた松本はゴルフ場のフェンスを乗り越えクラブハウスを目指した。血塗れの顔も洗いたかったし、首がムチウチの症状なのか、かなり傷む。湿布があれば分けてもらおうと考えていた。

数ホール横切った所にゴルファーがいた。アイアンを片手にボーっと突っ立って居る。

松本は後ろから近づき声を掛けると返事の代わりに唸り声が返ってきた。

一瞬松本はたじろぐが、怒りで恐怖を押さえ込む。

「戒厳令中にゴルフなんぞしおって!一般人はまったくこれだから!死ね!」

松本はゾンビが手にしていたアイアンをひったくるとそれを振りかぶって打ち据える。

一撃で倒れたゾンビは緑色のフェアウェーに赤黒い血をまき散らしていた。

「まったく、営業しているこのゴルフ場にも問題があるな。支配人を呼び出して……」

松本はブツブツつぶやきながらコース横にあった電動カートに乗り込むとクラブハウスに向かった。


少し高台にあるクラブハウスに着くと玄関は開け放たれ、コースが眺められるようにある大きな窓ガラスは割れていて、ところどころに血の手形が付いていた。

「フン、これじゃ支配人もいなさそうだな。戒厳令前にはすでにこの状態になったのか?まぁいい、水と着替え、シャワーが出れば良いが。」

松本はカートにあったゴルフバックからアイアンを2本出すと1本をベルトに挟み、もう1本は手に持ち中に入る。

クラブハウスの中はかなり荒れていた。そこかしこに血だまりの跡やそれを踏んだ足跡、挌闘した跡に手や足の一部と思われる肉片等があった。

最近は朝夕は少し冷えるが昼間の気温が高いため饐えた臭いに満ちていた。

「誰かおらんか?」

無人のエントランスホールに松本の声が響く。

カウンターの奥で何かが動く音が聞こえた。

松本はアイアンを構え音の聞こえたカウンターに回り込む。

目玉が片方無く腹部から腸がはみ出た、支配人のネームプレートを付けたゾンビがカウンター奥の事務所から現れた。

「この!きちんと・戸締り・しとかんか!」

松本はアイアンを支配人の頭に振り下ろす。

「俺は・7番が・一番・まっすぐ・飛ぶんだよ!」

松本は気色の悪さと恐怖を紛らわせるために意味のないセリフを一節一節吐きながら攻撃する。

執拗に頭に振り下ろされ続けたアイアンはシャフトがグニャグニャに曲がり最後にはポッキリ折れた。

松本はそれを一瞥してポイっと捨てると腰のベルトに差し込んでいたアイアンを手に事務所を探索する。事務所には他に誰も潜んでいなかった。

安心した松本は自分の子飼いのヤクザに電話する。

呼び出し音が暫く鳴り、相手が出た。

「おう!俺だ松本だ!今家の近くのゴルフ場だが、誰か若い衆を迎えに寄越せんか?」

「松本センセ、今はそれどころじゃねー、コッチも手一杯だ。」

「なんだぁ?オマエ誰に物言ってんだ?」

「センセよぉ、こんな世の中じゃぁ一番物を言うのは何か判るかい?暴力だよ、暴力。センセの後ろ盾はもう虫の息なんじゃねーのか?確かに組が潰れそうな時にセンセには世話になったが、その恩はイロイロ返したと思うぜ?まぁ、生き抜いて何処かで会ったら一杯飲みましょうや。」

相手はそう言うと一方的に電話を切った。

松本は使えんヤツだと受話器を叩きつける。

松本はプンスカしながら事務所に使える物が無いかと探索を続けた。

事務所の奥には給湯室がありそこに冷蔵庫を見つけ、開けると水とジュース、誰かが買い置いた弁当があった。

「弁当の消費期限は1日過ぎているが、冷蔵庫にあったんだまだ食べられるだろう。持ち主は現れそうにないしな。」

松本は適当な手提げ袋に冷蔵庫の中身を全て入れて給湯室の水道で顔を洗った。


エントランスホール横には物販コーナーがあり、そこで松本は血塗れのスーツをすて、ゴルフウェアに着替える。靴も革靴では素早く動けないためゴルフシューズに履き替えると展示してあったゴルフバックにありったけのアイアンを詰め込んでそれをカートに置く。

このゴルフ場は松本も何度かプレイをしたことがあり、松本の自宅から10㎞程度しか離れていなかった。

松本は自宅まで電動カートで移動することにした。電動といえど最近の物は航続距離が長く、また人が走るよりかは若干早い。ほかに車が無く移動手段としては徒歩よりはましだという判断だった。

松本はまさにゴルフのプレイ中に抜け出してきたような恰好でカートをみゅいぃぃんと運転し自宅へと急いだ。


快調に道路を飛ばす松本だったが、前方にゾンビに追われている女性が見えた。

女性はこちらに気が付くと大きな声で助けてと叫びながら走ってくる。

松本は一瞬思案したがすぐにゴルフバックからアイアンを1本だすと女性に投げつける。

「こっちに来るな、それを使って自分でなんとかせんか!」

松本はUターンして別の道で自宅へと向かう。

「まったく、最近のヤツはなんでもかんでも他人に頼りおって、俺がヘリの時間に間に合わなかったらどうするつもりなんだ?」

自宅まではあと5㎞もない松本は腕時計をちらちら見ながらカートを走らせる。

その時、横道から子供が飛び出してきた。松本はブレーキを踏むが間に合わずゴっという鈍い音がした。

松本はカートを降りて子供を確認する。

子供は頭から血を流して、痛い痛いと泣いていた。

「い、今は戒厳令中だから外におるお前が悪いんだぞ。それに飛び出してくるお前が悪い。おれは悪くない。わかったな。すぐに家に帰れ。」

松本は逃げるようにカートに乗り込むとアクセルを踏んだ。

大事の前の小事、俺さえ無事なら自衛隊を指揮して数千の住民は救える、さらに生き残った住民にその後の道を指し示す事が出来ると自分に言い聞かせ発進したが、やはり気になったので振り向くと子供に群がるゾンビが見えた。

松本は見なかった事にしてアクセルを踏んだ。

胸糞悪いヤツですが、もう暫くお付き合い下さい。

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