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45話

官邸での会議のあと政府の動きは早かった。

記者会見、戒厳令、陸上自衛隊の配置、港には護衛艦と海上保安庁の警戒船、接収したフェリーでの避難。島嶼に避難所の設置、空港は全面閉鎖これらを一度に行った。

島国である日本は陸続きの諸外国に比べて幸運にもゾンビの発生が遅く情報を整理する時間が取れた事が功を奏し、一気に対応する事が出来た。

そんな中でも野党は安定の政府批判を繰り返していたが、騒乱の現場へTVクルーと一緒に街宣車で駆けつけた議員が犠牲になってからは鳴りを潜めた。

都市部は戦車が交差点に配備され警戒に当たって、街中は戦時中さながらの雰囲気となっていた。


野戦服に身を包んだ自衛官が足早に総理の元へやってきた。

「総理、S田通りにゾンビが集結しております。いずれ此処にも押し寄せて来ると思われます。お早めに脱出して下さい。」

「私は最後までここで指揮していましょう。他の大臣や議員の避難を優先させて下さい。」

総理はそう言うと黒い革製のハイバックの椅子に深く身体を沈め書類に目を通す。

野戦服の自衛官は何か言いたげだったが、サッと敬礼をするとキビキビとした動作で踵を返し命令に従った。

「世界はどうなるんでしょうねぇ。私が最後の首相となりそうですね。」

一人残された執務室で書類に目を通しながら呟いた。

その時、ドーンと窓が振動するほどの爆発音が聞こえた。S田通りの戦車が主砲を発射した音だった。

「1%ですからねぇ。勝ち目はありません。それでも最後まで守り抜くのが我々の務めです。」

総理は動じる事もなく書類に目を通し続けていた。


松本は官邸から脱出するハイヤーの中にいた。

「おい、曽根崎。まだ出発出来んのか?」

「自衛隊の護衛車両の到着が遅れています。」

「えぇい、そんな物待つ必要は無いわ。直ぐに出せ。」

松本は運転席に座る曽根崎の頭をパチコーンと叩く。曽根崎は言われるまま車を発車させた。

官邸を出ると驚くほどのゾンビの大群がいた。

警備していた自衛隊はずっと発砲し続けている。あちこちで雄叫びやマガジンチェンジ等の声が上がっている。士気はかなり高い様に見える。しかし数が多すぎるのかジリジリと押されている様子だった。

その脇を曽根崎は松本の指示のもと無理矢理通り抜ける。

数体のゾンビを跳ね飛ばし曽根崎がヒィヒィ小さな悲鳴をあげる。

「いちいちビビるんじゃない!アレは動く死体なんだ、気にするな。もっと飛ばせ。」

ハイヤーはゾンビをボコボコ跳ね飛ばしながらなんとか首都高に乗った。

戒厳令中は緊急車両及び政府車両以外の高速道路の使用を禁じていたため他に車は無い。松本を乗せたハイヤーは松本の家があるS県へと向かった。

「曽根崎、ヘリの手配は済んでるのか?」

K越道に入りしばらく経った所で松本は聞く。

「はい、K県の駐屯地から東京へ向かう自衛隊のヘリに途中でセンセイのご自宅に着陸、同乗させてもらう予定です。」

松本は家族を連れてヘリで東京湾に浮かぶ護衛艦に搭乗する予定だった。

「分かった。所で曽根崎、オマエは来ないのか?」

「実家は秩父の山奥なんで陸の孤島見たいなものです。ヘリを見送った後で私は実家に帰ります。」

「そうか、くれぐれも気をつけてな。今までオマエには無理をさせたりもしたが……あぁ!危ない!!」

ゆるい左カーブを曲がると前方にゾンビの群れがいた。

松本は咄嗟に身構え全身に力を込める。

松本を乗せたハイヤーはそのまま突っ込みハンドル操作を誤って道路脇のコンクリートで補強された法面を駆け上がる。進行方向が強引に上向きに変えられ、その勢いで松本は運転席に追突しそうになるが、シートベルトが無理矢理抑えつける。首だけが慣性の法則に従い下方に向かい、鋭い痛みとミシミシと松本だけに聞こえる、小さな筋が数本切れる様な破壊音が聞こえる。とても前を向いていられる状況ではない。

運転席の曽根崎にも同様の衝撃が伝わっており、とても前方を見る余裕も無い。急激な力の変化に踏ん張ってしまったためか曽根崎はアクセルを踏み込んでいる。

そのままの勢いで法面を登り切りフェンスを突き破り軽くジャンプして一般道に着地した所でバランスを崩し数回横転して逆さまに止まった。


どれだけ経ったのだろうか、逆さまになった車内でシートベルトで宙吊りとなっていた松本は目を覚ました。

一瞬、自分が何処にいて何をしていたか見失うが、周囲の状況を見て直ぐに理解した。

「ぉお、首が痛む。曽根崎?おい、曽根崎。」

松本は運転席に居るはずなのに呼んでも声がしない。

松本はシートベルトを外そうともがく。

シートベルトは力が入りっぱなしの状態ではバックルのボタンが押せず外れない。宙吊りの状態がまさにそれに当たる。

松本はバックルのボタンを押すがビクともしない。普段運動していないため重力に逆らって傷む首を起こし、バックルを確認するだけでも一苦労だ。

何度かトライと諦めを繰り返した時に近づいて来る足音が聞こえた。

松本は生存者が車内に居る事を伝えるために大きな声を出そうと息を吸い込んだ瞬間に考えを改める。

これがゾンビだった場合、この状態の松本は逃げもできない絶好のエサに過ぎない。

普通の人間であれば近づいて来て声を掛けたりするだろう。ゾンビであった場合のために松本は静かにし、そのまま気付かず通り過ぎてくれる事に松本は自分の生命を賭けた。

だんだんザ、ザ、ザと大きくなる足音。


松本の賭けは失敗だった。

近づいて来たのは1体のゾンビだった。

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