41話
中村は電柱の天辺まで登った。
電柱の一番上には6600Vを流す太い電線が3本張られている。
中村は次の電柱、その次の電柱と緊張の面持ちで確認する。
「行けそうね。」
意を決して全体重を電線に預けてみた。
電線は千切れず中村の体重を支えた。
「もしかしてと思ったけど、まさか乗れるとはね。猿なんかが大暴れして電線伝いに逃げて警察を翻弄してる映像見たことあるけど、ゾンビから逃げるために電線を伝うとか誰も思わないよね。」
中村はひとりほくそ笑むとライフルのスリングを斜めがけにしてその上からリュックを背負った。
「さー、行っくよぉ!ちょー安全な道はアタシの前に拓けてる!」
気分をアゲるためにおちゃらけた口調で前方を指差して中村は電線を伝い移動を始めた。
その頃、休憩所のリビングでは山本達はまだ眠っていた。
それぞれが静かに規則正しい呼吸音を繰り返すなか、その静寂を嫌がるかの様に何度何度も寝返りを打つ原田がいた。
「原田ぁ、うるさい。ちょっと大人しくしとけ……。」
むにゃむにゃと山本が寝被りながら原田に注意する。
原田はプスーっと鼻から息を大きく吐くと天井を見上げじっと皆が起き始めるのを待つ事にした。
原田は中村が心配で堪らなかった。最初は中村の事を、ただ性の履け口程度にしか考えていなかったが、身体を重ねるうちにドンドン愛おしくなっていた。
自分の気持ちに気がついたのは最近だった。斎藤が中村の部屋から出てくるところを見かけた時に、得もいえぬ感情が胸の内をグルグル回った時に気がついた。
出会いと経緯は特殊ではあるが身体から始まる恋心、愛情があっても良いのではないか?と原田は考えていた。
そんな愛おしい中村を直ぐにでも探しに行きたいのに焦る気持ちの原田を余所にグースカ寝ている仲間達にも若干のイラつきを感じていた。
「あー!もう分かったから!そのプスーはやめろ!おい、起きろ皆んな!。」
原田はバッタンバッタン寝返り打つのをやめていたが、無意識に鼻からプスーっを繰り返していた。
「まったく。斎藤、ちょっと連れションしよーぜ。」
山本は原田に迷惑そうな目を送り斎藤を連れてトイレに行った。
休憩所のリビングには、まだむにゃむにゃしている斎藤の後輩とプスプス言っている原田が残された。
山本と斎藤は二人並んで足場に立ち、外に向かって黄色いアーチを描いた。
「斎藤、ちょっと頼みがあるんだが、原田さぁ、中村ちゃんの事、本気らしいんだわ。だから使わないでやってくれないか?」
「え?マジ?知らんかった。オッケー、自家発電に切り替えとくよ。」
「すまんなぁ。後輩にも言っといてくれ。」
「あの原田がねぇ。族やってた時はオレは硬派だとか言って女っ気が無かったからなぁ。」
「んじゃ、誓いのクロスションベンするぞ。」
「どんだけションベン長いんだよ。」
朝焼けの中、山本と斎藤はガハハと笑うのだった。
中村は落ちない様に一歩一歩両手両足を使って四つん這いの様な格好で進んでいた。
日は登ってすぐに行動したのに昼前の現時点で進んだ距離はせいぜい200m程度。
遅々として進まない理由としては、かなり電線が揺れるため、落ちない様にぎゅーっと電線を握り、送り出す足の位置もしっかりと目視確認しながら進むためだった。
「もう、腕がぱんぱん。なぜか腹筋もキツイ。ちょっと休憩。」
疲労と緊張から汗をびっしょりかいた中村はようやくたどり着いた7本目の電柱で小休止する。
中村はリュックから水筒を取り出して水を飲もうとした。
「え?一口分くらいしかない。マズいなぁ。山本のバカども早く来いってんだ。」
ぶつぶつ言いながら中村は一口分の水を少しずつ何度も分けてゆっくり飲んだ。
一方、銀行に居る須賀はスタッフスリングの試射を行なっていた。
須賀はスタッフスリングを両手で持つと、大きく振りかぶる。ブォンという音を出して振り抜く。スタッフスリングから放たれた拳大の石はゾンビの頭に当たり、パっと血の華を咲かすと一撃で頭を砕いた。
「結構重たい物も投げれますねぇ。あとは正確性ですが、これも意外に慣れるものですね。棒を腕の延長みたいに捉えて振ると狙い通りに飛びますね。この駅前ではあんまり狙う必要も無いけど、暇つぶしにやりますか?」
須賀は表情を変えず冷静に一人そう呟くと次の石を手に取る。
須賀は山本達が昨晩戻って来なかったが、休憩所で泊まったのだろうと余り心配はしていなかった。これが一週間も戻らない等となると話は別なのだが。
山本達全員が銀行から出ているため、須賀は普段の家事に追われる事も無く、ゾンビ発生以来初めてゆっくり過ごしていた。
そのお陰で須賀でも扱える武器、スタッフスリングに辿り着いた。
電柱の上の中村はまだ動いていなかった。
休憩している最中に遠くでバイクの音が聞こえたからだった。
全神経を耳に集中させ、音を聞く。電柱の上という事が幸いし遠くまで見える。
時おりライフルを構え音のした方へ向ける。
何度目かで走るバイクを見つけた。
スコープでそれを追いかけ、止まった時に中村はライフルを空に向かって撃つ。すかさずスコープで山本達の反応を見る。
「おっ、反応してる。こっちの場所が分からない見たいね。」
中村はライフルを肩に担ぐと腰からナイフを引き抜き右手で山本達を囲む様に輪っかを作る。ナイフの反射をその輪っかに重ねると光が真っ直ぐ相手に届く。
須賀が前に離れた仲間に合図をする時、しかも声を出せない状況にある時に、身近な物で簡単に出来る方法として皆に話していた事を中村は思い出し、実践したのだった。
「気付いてよぉ。キラキラってね。」
中村はナイフを仕舞うと再びライフルのスコープを覗いた。
山本達は予定していた南側の捜索を終えて、次にどこを捜索するか話していた時に銃声が聞こえた。
「どこからだ?」
山本は緊張した面持ちで皆に銃声の元を探す様に指示する。
街に音が無いため、色々な所で反響して特定が難しかった。しかも不意に一発だけだったためなおさらである。
皆で周りをキョロキョロと見回していると原田が無言でエンジンをかけて走り始めた。
山本達は原田を追いかける。
「おーいどうしたんだよ?」
山本が追い付き横に並んで大声で呼びかける。
「いたっす!見つけたっす!」
原田はさらにアクセルを開けて加速した。




