40話
中村は前方のゾンビ集団を迂回してやり過ごそうと振り向いたその先にもゾンビ集団を見つけギクリとした。
中村が曲がった曲がり角よりも一つ奥の曲がり角からゾンビ集団が現れたのだが、中村が曲がった曲がり角に戻るまでには、新たに現れた集団とぶつかる可能性が非常に高かった。
周囲は中村の胸の高さ程度の塀しかなく、体を隠すことも出来ない。
逃れる場所は無いかと中村は辺りを見回すが何も無い。オロオロするばかりの中村だが、ふと気付くと前後のゾンビ集団は既に5m近くまで迫って来ていた。
中村は意を決して塀に登った。
駅前の銀行では晩御飯の準備を終え、皆の帰りを待つだけの須賀が受け付けカウンターで暇を弄んでいた。手持ち無沙汰に¥500玉でコインタワーを作るが虚しさだけが通り過ぎて行く。
「はぁー、みんな遅いなぁ。せっかくだから、この間作ったスリングショットの威力を試してみますか。」
須賀はそう一人呟くとコインタワーを手提げ袋にドザーと倒すとそれを持って二階にあがっていった。
表通りの窓を開けると、山本達が出た時に誘き寄せたゾンビでいっぱいだった。
須賀はスリングショットで狙いをつける。
「まずは¥10玉です!……あぁ!当たった。けどノーダメージですね。次は¥100玉です。……命中!コレもダメですね。次は本命の¥500玉……おぉ!コレは効果ある!けど倒すまではいかないなぁ。当たって仰け反るだけだもんなぁ。何発か連続で当てないと無理かぁ。現実的では無いね。そう言えば、…確か海外の動画でスリングショットでボウガンの矢を飛ばしてたなぁ。良し、試してみよう。」
須賀はいそいそとボウガンの矢を持ち出しスリングショットで発射した。
「おぉ!刺さった!倒したぁ!でもコレだったらボウガンで発射した方がもっと効果的だよね?ボウガンで発射した後に援護としてスリングショット……いや、射程短いし、この距離なら山本君達が、いやっほうとか言って走って一撃で倒しちゃうよなぁ。やっぱり銃が欲しいなぁ。撃ったこと無いけど、練習すれば……僕も外で皆の役に立つかなぁ。」
須賀は留守番の合間に暇を見つけては色々なモノをスリングショットで飛ばしてその効果を確かめていた。さらにスリングショットも自作しており、今手にしているスリングショットはバージョン3だった。
「これ以上威力を求めると引けなくなるし、結局ボウガンの方が威力も射程もある。でも矢には限りがある。スリングショットならいざとなれば石を拾って発射する事も出来るし。スタッフスリングならどうかな?遠距離は石を投げて、接近戦は棒で殴る。まぁ接近戦は恐ろしくてできないけど。ボウガンは両手で持たないといけないけど、スタッフスリングなら片手だ!荷物も持てるし、盾だって持てる。うん、次はスタッフスリングを作ろう!」
須賀はワクワクしながら自分の部屋に戻るのだった。
スタッフスリングとは、棒の先に投石用の紐がついた武器である。銃が開発されるまでは弓矢と同時期に発明され、複合弓等の強力な弓が開発される中世まで使われ続けた由緒正しい武器である。
一度廃れたかに見えたスリングは、実は現在でも海外の過激なデモ隊等が機動隊や警察等の鎮圧部隊に向けて遠距離から投石を行うのによく使われる。
須賀はニュース映像からアレは何だ?と興味を持ちその知識が役に立っていた。
「はぁ〜なんでこうなったんだろう?」
中村は塀の上に登り、側の電柱に登っていた。
足下にはゾンビの群れが届かない獲物に向け宙空に手を目一杯伸ばしワサワサしていた。
中村は電柱に取り付けられて居る足場ボルトにしがみついている。すでにこの状態で10分が経過し、徐々に手や足が痺れ始めていた。
「アイツらが諦めるまでこの状態はキツイ。正直あと5分が限界かも?」
中村は足下に忍び寄る死を強く意識し始めた。どうにかならないか?と周りを見渡すと頭上の柱上変圧器にふと目が止まった。
「あそこのバケツみたいなヤツ、ひょっとしてあの上って座れるんじゃないかな?」
中村は痺れ始めた手足で慎重に電柱を登り始めた。
「はぁ〜どっこいしょっと。うん、座れる。ちょっと狭いけど。アイツら早く諦めてくれないかなぁ。待つしか無いかぁ。」
中村は足をブラブラさせながら眼下を眺めてそう呟いた。
電柱の一番上には太い3本の電線があり、ここには通常6600Vが流れている。中村が座っているネズミ色のポリバケツのお化けの様な柱上変圧器は、6600Vという高圧を家庭で使う100や200Vに落とす役割だ。
今は停電しているため、感電せずに座れているが、もし電気が流れていた場合には間違いなく中村は黒焦げになっていただろう。
中村が電柱に登ってどれだけ経っただろうか、辺りはすっかり暗くなり、中村は疲れのためウトウトしていた。そのうちグラっとバランスを崩して落ちそうになった所で目が覚めた。
「あっぶな〜。はぁ〜あ。まだ居るよぉ。そうだ、リュックにロープがあったはず。」
中村はリュックからロープを取り出して自分と電柱を縛り付け、またウトウトし始めた。
幸運にも夜中に雨が降る事もなく、中村は日の出までほぼ熟睡に近い状態で寝ていた。
日が昇り始め辺りの闇が朝日に追いやられた頃、中村は目が覚めた。
「んん〜、お尻痛ぁい。って、アイツらまだ居るし……。いい加減しつこいなぁ。」
中村は大きな欠伸をしながら上を見上げ伸びをする。
「ん?アレってひょっとして?」
中村は簡単に身支度を整えると電柱をさらに昇り始めた。




