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4話

トシローは目が離せなかった。

産まれてこの方ここまで目を奪われた事は無かった。かつてトシローが愛した女性も、街中で見かける綺麗な女性も、比べ物にならない程にトシローは目を奪われていた。


『人間が人間を喰う。理性や知性のカケラもなくただ無慈悲に喰う。イヤ、知性が無いから無慈悲と言う言葉は当てはまらない。

野生動物だっていくら腹が減ろうと生命維持できなくなるほどの飢餓に見舞われようとも自分の子供や同族は喰わないはずだ。共喰いをする生物は昆虫や魚類しか記憶に無いが、あれは生命維持出来なくなる程の飢餓状態になった為だ。動物にそこまで詳しくは無いが多分そうだろう。

しかし目の前にあるアレは何だ?本能の欲するままに喰っているのか?貪り食っている連中の中には腹が異常に腫れあがった個体もいる。もともと肥満体であったとは到底見えない。今喰ってそうなった様にしか見えない。本能とも思えない。ヤツラはそんなに飢餓状態だったのか?この現代で?』


そんな考えが頭の中を目まぐるしく周り、見るともなしにトシローは観察を続けていた。

すると頭部の損傷が激しくない遺体がムクリと身体を起こした。しかし腹部から脚部にかけての損傷が激しく身体を起こしたまでは良かったが立ち上がる事はできず、ズルリズルリと匍匐前進を始めた。

倒れていた場所には赤黒い血が、まるで大雨が降った後の様に水溜りになる程の出血量だ。誰の目に見ても到底生命活動が出来るほどの出血量では無い。人間は個体差はあるが、およそ2リットルも出血してしまうと失血死してしまう。倒れていた場所にはそれ以上の血液が撒き散らされている様に見える。

『ヤツラは失血死しないんだな。それからヤツラに殺されると晴れてヤツラの仲間入りをする様だな。まだ観察していたいがこれ以上見ても収穫はなさそうだから一旦戻るか。』

トシローは後ろ髪を引かれる思いで小屋へと戻って行った。



ポチョン、ポチョン。

音の正体は川へ突き出た、人が一人通れるくらいの幅員の桟橋の先に、小さな掘っ建て小屋があり、そこから聞こえてくる水音だった。小屋の床板は真ん中が外され、直接川面が見える。所謂ボットン便所だ。土建屋が桟橋から小屋まで全て一人で作り上げた便所だった。

限られた材料で作り上げたその小屋は、お世辞にも見た目は綺麗とは言い難かったが、土建屋曰くとても頑丈で、台風にも耐えられると豪語していた。

頑丈だけでなくその小屋の構造上、排泄したそばから川が汚物を運ぶため悪臭の類は全くせず、公園の公衆便所よりはるかに綺麗に保たれていた。

先程から聞こえる水音はシェフの元一部だった物が川に落ちる音だった。

「はぁー、昔からストレス感じるとお腹が痛くなる癖は治ってないな。トシローさんの所に来て初めてじゃないか?やっぱストレスフリーって大事。」そう独り言を言いながら至福の時間をシェフが味わっていると不意にドアを叩かれた。

ドンドン

「あー、入ってるよー。ちょっと待ってな。最近キレが悪くってな。もうちょっと掛かるぞ〜。」そう言いながらシェフが次の小さいシェフを産み落とした時、

ドガンドガン

「待ってろって、そんなにクソがしたいのか?」そう言いながらシェフは僅かなドアの隙間から外を覗くと「おー、電気屋じゃねーか!もうちょっと待ってて。」

ドンドン

「アッ、そんなんすると産まれる」ポチョン。

ドガンドガン

「ちょ、激しいなぁ。ハゲは頭だけにしとけよ、ったく。」

ドンドン

執拗にドアを叩き続ける電気屋にイライラしながらサッサと用を済ませ、オラっという掛け声とともにシェフはドアを力いっぱい開けた。

勢いよく開かれたドアに額をぶつけた電気屋は一瞬上体を仰け反らせ数歩たたらを踏んだがヨロヨロと体勢を整えると両手を前に突き出しシェフに掴みかかった。

「オィオィなんだよ、仕返しか?オィ、ヨダレ垂れてるぞ、アイタタタタタ!噛むな噛むな!」電気屋に肩口を噛み付かれたシェフはあらん限りの力で抗い何とか電気屋の拘束を解き川に突き落とした。

「イテぇー、これ絶対青アザになってる。」

ライダースジャケットを脱ぎ電気屋に噛まれた肩見ると出血こそしてはいないものの楕円形の歯型がクッキリ残っていた。

「あー!穴も開きかけてる!一張羅はこれしか無いのに!こぉの電気屋ぁ!あれ?電気屋?」

電気屋は水から上がろうともがいていたが上手く動けずモガモガと踠いているうちに徐々に川の水に押され、シェフが振り向いた時には戻るにはかなり骨が折れそうな程の下流に流されていた。


「一人で何やってんだ?」

「トシローさん見てくれよコレ!電気屋に噛まれて内出血してる。明日は酷い青アザになりそうだ。」

シェフは噛まれた肩口をトシローに見せながら説明した。

「電気屋もアイツラの仲間入りしたのか。でも電気屋はそこまで出血してなかったよな?噛まれたら死ななくてもアイツラの仲間入りするって事か?」

「えぇ!そしたら俺もそのうちトシローさんに噛み付くのか?トシローさんはまだ清潔にしてるから良いけど、他の連中は嫌だなぁ。絶対腹を下しそう。とくにあの動く植物みたいな奴とか嫌々絶対無理。ブルーチーズの匂いがしてるし。」

「何言ってんだ。そうなったら人間じゃないから腹も下さんし、気にもならんと思うぞ。

奴らに噛まれて怪我するとそこから細菌なりウィルスなり侵入して、ああなっちまうみたいだな。吃驚することに死んでると思われる奴も復活するみたいだぞ。ところでその電気屋はどこ行った?」

シェフはライダースジャケットを着込みながら顎で下流の方を指し示す。そこにはもう小さな点しか見えなかった。

「うーん大分流されてるな。捕まえていろいろ観察したかったんだけどな。」

「それよりもそろそろメシにしようぜ、出すもの出したら急に腹ペコ。」シェフはお腹スリスリ撫りながら小屋へ戻るのだった。

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