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36話

抜ける様な青空の下、そんな爽やかな天気とは裏腹に、中村がいる雑居ビルの屋上は地獄の様相と化していた。

「全くキリが無い!」

中村のナイフを持つ右手はドロドロの血塗れだった。血塗れなのも腹立たしいが、この状況を招いた自分にも腹を立てていた。

迫るゾンビの頭にナイフを突き立てようとするが、血でウッカリ滑りそうになる。中村のハンティングナイフは大きめのツバが付いている為、滑ってブレードを握ってしまう事は無いが、それでも滑ると慌てる。なにせ今手にしているナイフが生命線と言っても過言では無い。無くすと非常に困る。無くすと死を意味する。最後の砦でもあるナイフを落とそうものなら、即ち自分の命も落としてしまう事と同義だ。

かれこれ10数体は倒しているが減る様子も無い。ヒットアンドアウェイが主戦法の中村にとってはジリジリと屋上の端へと数の暴力で押しやられていた。

「どうにかしない……。ん!?あれは使える?」

中村が注目したのは屋上の端に設置されている貯水タンクだった。

貯水タンクに駆け寄る。

いろんなバルブが付いているが、配管されていないバルブを見つけると中村は渾身の力で回し始めた。

「んんんふぅ〜!回れぇ!!」

バルブが少しずつ回りチョロチョロと水が出始める。バルブが回り始めたらあとはそこまで力はいらなかった。中村はどんどんバルブを回す。

とうとう水の勢いは消防の放水並みになった。

中村の元に近づくゾンビは水圧に押され、水で滑り近づけない。モーゼが海を割り道が出来たようなにゾンビの中に一筋の道ができた。ちょうどそれは屋上のドアへと続いていた。中村はその隙を逃さず走り出した。

屋上入口のドアに到着すると今度はしっかりとドアを閉め中村は階段を駆け下りていった。


中村が登ったビルが古いタイプのビルだった事が功を奏した。これが新しいビルであれば、まず屋上には貯水タンクが無いだろう。

貯水タンクの役割は水道管からの水圧だけでは上層階まで水を満足に送れないため、一度屋上や途中階に水を貯め、そこから階下へと分配する事が大きな役目だ。ただし、最近の水道管はこれまでよりも高い水圧で送られており、地下のブースターポンプから各階に直接送る事が可能となっており貯水タンクを設置する必要がないのだ。技術の進歩は素晴らしいのだが、完全なるブラックアウトの時は全く役に立たない。

貯水タンクを設置するに当たっては想定しよう水量を計算して、さらに1日プラスする程度の容量が法律により求められている。

中村は偶然入ったビルに貯水タンクがあった事は、正に僥倖だったと言わざるを得ない。


雑居ビルから出た中村は死地から舞い戻った喜びに一人で大きな声でゲラゲラと笑った。

「あんなに居たのに!ざまー見ろ!アタシはまだ生きてるぞー!」

その時、中村はリュックを持っていない事に気が付いた。ゾンビの襲撃が余りにも予想外すぎて、ナイフを取り出し戦う事ばかりに気を取られていた。

「まじ?あそこにまた戻る?んもぉー!アタシはバカかぁ!」

物音一つしない静まり返った街に中村の絶叫が木霊する。

中村は雑居ビル前の通りをウロウロしながら悩む。時折自分が仕出かした、招いた事態を大きな声で悪態を吐きながら。

すると中村のスグ後ろで重たい麻袋を硬い地面に投げ下ろした様な音が聞こえた。

びっくりして中村は振り返るとそれはゾンビだった。

「コイツはどこから?…………!」

中村が何気なく上を見ると雑居ビルの屋上から中村目掛け絨毯爆撃の様なゾンビの雨が降ってきた。

中村は声にならない悲鳴をあげ、慌てて雑居ビルに再び入る。間一髪、中村がビル入るや否やゾンビが地面に叩きつけられる音が連続して響いた。

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